第33話 しようがない後輩

 でも。

 「いや。いいですよ」

と言って、千鶴ちづるは、にこっと笑う。

 自分の勉強にもなるし、いいか、と切り替えた。

 瑞城ずいじょうの図書館には、小声でなら話をしていい勉強用のスペースもあるので、そこの場所を確保して一か月ぐらい先輩につきあおう。

 部活のない時間に限られるけど。

 「じゃ、そっちも教えますから、トロンボーンの首席パートもちゃんとやりましょう」

 「えーっ?」

 「で、それで部活から引退したら、図書館でいっしょに猛勉強しましょう」

 「えーっ?」

 「で、グンズに、りゆ先輩と大林おおばやし千鶴はやっぱりできていた、みたいな噂を流されるんです」

 「それはいいんだけどさ」

 いい答えだ。

 とてもいい答えだ!

 「じゃ、明日からがんばりましょ!」

 駅舎へと上がっていくりゆ先輩に、千鶴は鞄を体の後ろにしてくるんと振り向いてあいさつする。

 階段の上に上がった先輩は、千鶴を

「しようがない後輩!」

と言いたそうに見下ろしていた。

 それでいいんだ。

 明日から、千鶴は、先輩に思いきり甘える。トロンボーンを教え、そのあとは数学とか、どうせ英語とか日本史と世界史のどっちかとか、そういうのを教える。

 それが、たぶん千鶴が「先輩に甘える」ということだ。

 先輩はその機会を作ってくれた。

 先輩が、手を肩の横に中途半端に上げて、中途半端に手を振る。

 だから、千鶴も、後輩らしく、腰を折って敬礼した。

 そのまま先輩に背を向ける。

 長袖の夏服の背に汗が滲んでいた。そして気がつく。

 自分って、自分で思っていたより上背うわぜいがある。

 こうやって、自分も大人へと育って行くのだろう。

 千鶴は、駅のほうは振り返らないで、バス乗り場への階段を足早に下りて行った。


 (終)

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千鶴とりゆ先輩 清瀬 六朗 @r_kiyose

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