第14話 学校で人を殺す気ですか?
その声で、下を向いていたホーンセクションの子たち何人かがびくっとして顔を横に向け、
しかし、りゆ先輩が、背を反り返らせてそちらを見ると、またあわてて元のように下を向いた。
一昨日、唐突に部のフォーラムで回って来た「署名」のことだろう、と千鶴は思った。
書いてあることがおかしかった。あり得ないくらいに異様だったので、千鶴は放置していた。すると、昨日になって、りゆ先輩から
「速く署名してください」
と催促が回って来た。
「どうしてですか?」
と質問すると
「あなたは
という返事が来た。
瑞城フライングバーズのメンバーだとどうして署名しなければならないかなおのことわからなかったので、千鶴はまた放置した。
すると、練習に来たとたん、これだ。
さすがにびっくりした。
しかし、言うことは決まっていた。
「どうして瑞城フライングバーズのメンバーだったら、あれに署名しないといけないんです?」
それは、
それをいっせいに辞めさせるなんて、「狂気の沙汰」としか形容できない。
みんなに信頼されている部長と副部長、それにレベルの高いパートリーダーたちを、いまの時期に辞めさせればどんなことになるか?
演奏が成り立たない。
まして、これから新入生を迎えて、新入生がちゃんと吹けるようになるまで指導しないといけない時期なのに。
あり得ない要求だ。
後輩に言い返されて先輩はびくっとした。そして声を荒らげて言った。
「あのひとたちはフライングバーズを裏切ったんだよ! 裏切り者には死を! あたりまえのことじゃないの?」
「あたりまえじゃないですよ」
言うことがひどいので、千鶴は言い返した。その様子を、ホーンセクションの子たちが、横目でびくびくしながら見ている。
この子たちも言い返して、その結果、いまのように顔も上げられなくなっているのだろうと思った。
別に強い態度に出るつもりはなかったけれど。
「死を、って、学校で人を殺す気ですか?」
りゆ先輩は色めき立った。
「たとえだよたとえ! それぐらいわかるでしょ?」
その殺気立ちかたは「いや、わかりました。いまの先輩なら、手に刃物持ってたら確実に人を刺しますよね?」と言いたいぐらいだった。
それで千鶴は冷静になることができた。
千鶴はそんな子だ。
「わかりませんよ。それに、だれが何を裏切ったのかもわかりません」
右に鞄を提げ、左手にトロンボーンのケースをもったまま、千鶴は背筋を伸ばしたままりゆ先輩に向かい合う。
このころから同じくらいの背丈だった。そのあとの半年で、千鶴は少し背が伸びた。先輩はそのときのままなのだろう。
その同じくらいの背丈のりゆ先輩が怒鳴る。
「先輩に対してなんて口の利きかたをするのっ!」
向こうで楽器のセッティングをやっていたパーカッションの子たちがこちらを振り向いた。
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