第8話 「それどころじゃない」とか「クズ」とか

 副部長が積極的に意見を言うなんて珍しい、と、このりゆ先輩にはっきり言っていいか。

 ダメだろう。りゆ先輩も副部長の宮下みやした朱理あかり先輩も向坂部長派だ。

 でも、宮下朱理先輩が部で、自分で意見を言うなんて、これまでなかったことだ。

 ふだんは向坂さきさか部長の言うことに絶対服従。自分では意見を言わない。

 その宮下先輩が積極的に何か言う。

 どういうこと?

 考えられるとしたら。

 向坂部長の下での主導権争いだ。

 部長が辞めたあとにも影響力を残したい。少なくとも、競争相手の影響力を残したくない。

 と、なると?

 向坂部長にとくに忠実な先輩は二人いる。

 宮下朱理先輩と、カラーガードのパートリーダーの小森こもり耀子ようこという先輩だ。

 小森耀子先輩も、向坂先輩といっしょに部に入ってきて、それまでのカラーガードのリーダーが退部させられたあと、向坂先輩にリーダーにえてもらった。

 カラーガードというのは、本来は、「フラッグ」と呼んでいる大きい旗を使って演技するパートだ。

 でも、いまのフライングバーズでは、「ポンポンを適当に振ることしかしないチアガール」のパートになっている。

 いや。

 「適当に振る」ということすら満足にできないメンバーが多数いる。

 マーチングについても楽器演奏についてもまったく知識も経験もない向坂部長一派が、パートを乗っ取ってしまったからだ。

 この小森先輩も、フラッグの使いかたなんて何も知らない。ポンポンだって振ってさえいれば役が務まると思っている。だいたい、体は大きいけれど、その体を動かす、ということについてはとても不得手な感じだ。

 だから、カラーガードのリーダーとしてはまったく役に立たないのだけど、それでも、いや、だからこそ、向坂部長には忠実だ。

 だから、部長派の内部で対立するのなら、宮下副部長と小森先輩なのだが。

 千鶴ちづるは見当をつける。

 問題の郡頭こうずまちはそのカラーガードのメンバーだ。

 だから、部長に忠実な二人のうち、小森先輩が、同じカラーガードの郡頭まち子を推し、それに対抗したくて、副部長が早智枝を推している。

 その対立で、部長が次の部長を決められずに困っているのだろうか?

 そこをりゆ先輩に確認する。

 「じゃあ、小森先輩はまち子ちゃんを推してるんですか?」

 「それがねえ……」

 はい?

 違うの?

 その千鶴の意外な思いをよそに、りゆ先輩が大げさにため息をつく。

 「耀子、九月の模試で結果悪かったらしくて、いま、それどころじゃないんだよね」

 「耀子」というのは小森先輩のことだけど。

 「はあ……」

 「それどころじゃない」じゃないでしょ!

 秋の体育祭のパレードはいまの三年生の引退イベントだ。

 カラーガードはその先頭に立って演技する。そのカラーガードのリーダーが……。

 でも、三年生で受ける模擬試験の重みを、千鶴はまだ知らない。

 もしかすると、部でのその重要な役割なんか「それどころ」になってしまうような重大なものなのかも知れない。

 「で、率直にききますけど」

 なんとなく、りゆ先輩に乗せられているようだ。「どっちにしてもわたしには関係ないです」で話を終わりにしたほうが賢明だろう。

 でも、いまのりゆ先輩は話を続けてあげないと崩れてしまうくらいに頼りない。

 声は途切れそうになるし、そんなに背の高くない千鶴の顔を見上げて、その表情をいちいち気にしながら歩いている。

 この頼りなさが演技だとすると、それはそれでたいしたものだから、つきあってあげていい。

 「先輩は、まち子が次の部長になるのがいいと思ってます?」

 反応はすぐに来た。

 「ダメだよ、あんなクズ!」

 はあ?

 はあ……。

 向坂部長と、宮下副部長と、カラーガードのパートリーダーの小森先輩と、トロンボーンのパートリーダーのりゆ先輩は、同じ「派閥」のはずで、その「派閥」は郡頭まち子を推すはずなのに?

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