りゆ先輩との帰り道

第5話 「りゆ」と「千鶴」

 若林わかばやしりゆ先輩の名は、ほんとうは「理由りゆ」と書く。

 当然、「りゆう」と読まれる。

 「理由」は名まえと関係のない普通名詞だと思われて、「若林、理由なんかはどうでもいい。下の名まえは?」ときかれたりしたらしい。

 ここは学校なので、そういうのは何かといじめに直結する。

 何かのテストで「……の理由を述べよ」という問題が出て、わからなかった生徒が「若林」と書き、先生が

「ここ、若林とか書いた答案があったぞ!」

と紹介して爆笑を誘ったらしい。

 先生も、そういうの言っちゃいけないでしょ!

 それでだろう。

 去年は「理由」を逆にして「由理ゆり」と名のっていた。

 「若林由理」ならば、「若林と書いた答案」とかが発生せずにすむ。

 しかし、名簿に「理由」と載っているのに「由理」にすると、今度は誤字や誤植だと思われてしまう。

 それで、三年生になって、けっきょく「理由」に戻したらしい。

 千鶴ちづるは「りゆ」とひらがな書きしている。先輩もそれが気に入ったようで、トロンボーンパートではひらがなで通用している。

 パートといっても、当人含めて四人しかいないけど。

 「千鶴ちゃんはいいなぁ」

 駅への一本道を歩きながらそのりゆ先輩が言う。

 「千の鶴なんて、すごくきれいな名まえで」

 これも何度言われただろう。

 そのたびに返しかたを考えなければならない。

 軽く笑って言う。

 「前も言ったと思いますけど、おばあちゃんが会津の出身だから、どうしても鶴の字を入れたかったらしくて」

 このおばあちゃんは、お母さんのお母さん。

 同時に、大林おおばやし家には、千鶴の同世代の女の子の名まえには「千」を入れるという決まりごともあるらしい。

 バンクーバーにいる従姉のお姉ちゃんは「千桜ちお」、年下の従妹は「千梅ちうめ」だ。

 自動的に、千鶴の名は、大林家お約束の「千」プラス会津の「鶴」で、「千鶴」になる。

 「それなんだけどさ」

 千鶴の顔を見て、ちょっと鼻にかかった、合成音声みたいな甘い声でりゆ先輩はきく。

 「なんで会津なら鶴なの?」

 この声を聞いて、りんごのような色の頬、その丸い顔や、肩より上で切ったすなおな髪を見ていると、とてもかわいくてイノセントな高校生に見える。

 背丈も千鶴と同じくらいなので、上級生にも見えない。

 イノセントなりゆ先輩。

 でも、イノセントかも知れないが、「罪のない」ではない。

 「無邪気な」でもないな。邪気がないわけではないから。

 ひらがな書きの「むじゃき」がぎりぎりのところ。

 千鶴は説明する。

 「会津に若松わかまつ城ってあって、それの別名が鶴ヶつるがじょうなんです」

 「ふうん」

 千鶴は小学校高学年のころに「会津絵ろうそくまつり」という祭りに連れて行ってもらって、いちどその城を見たことがある。

 冬の青空を背景に、白くて力強くて、たしかに美しいお城だった。

 二〇世紀になって鉄筋コンクリートで再建された建物らしいけど。

 千鶴の名の説明を聴いてから、りゆ先輩はしばらく黙って歩いた。

 駅へとつながるこの道は瑞城ずいじょう女子中学校と瑞城女子高校の生徒が駅からの登下校に使う。

 あまり広い道ではないので、住民から「交通妨害だ」と苦情が来るらしく、学校からは「横に並んで歩かないでように」と何度も言われる。

 じゃあ。

 十二歳から十八歳までの女の子たちが縦長たてなが一列になって切れ目なくぞろぞろと歩いたら、いいのだろうか?

 それはそれでやっぱりじゃまだと思うのだけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る