第21話 りゆ先輩の没落
さっきの夕方の「泣き、抱き」なんか問題にならないくらいの号泣だった。何を言っているのかもわからない。
それで、
すると、りゆ先輩はいきなり千鶴の椅子の下に膝をついて土下座した。
頭を床にくっつけ、
「お願い! 助けてよ! いままでのことは反省する! だから助けてよーっ!」
と泣き声のあいまにことばを続けている。
びっくりした。
土下座している先輩の手を握ってむりやり引っ張り上げ、いままで自分が座っていた椅子に座らせて
「いったいどうしたんですか? 初めから説明してください」
と言い、落ち着かせるためにコップを持ってきて水まで出してあげた。
部室に使っている教室は小音楽室といって、水とお湯が出る流しが設置してあった。コップも備えつけてあったから、外まで水を汲みに行かなくてもよかった。
先輩の手は冷たくて震えていて、ここはお湯のほうがよかったかな、と思ったくらいだ。
それから三十分以上もかけて何があったかを聞き出した。
そして、後輩に悪いところがあれば指摘してやればいいだけですよ、とか、だいたいその失礼な態度からして指導の対象じゃないですか、とか、心にもないことをいろいろと言ってなぐさめた。
でも、自分はバカにされた、中学校マーチングバンド出身の後輩に仕返しされている、と、りゆ先輩は主張し続けた。
仕返しされている、とか思うんだったら、最初から採用しなきゃいいでしょうが!
しかも、あとできいてみると、
「え? 何の話ですか?」
というのが末山朝実の反応。
「そんな事件があったんですか? ぜんぜん知らなかったです!」
というのが倉科美友の反応だった。
だから、「中学校マーチングバンド部出身の二人がブラックバードのメンバーのためにりゆ先輩に仕返し」なんてことがあるはずもない。
だいたい、「自分の愛する先輩たちが侮辱されたから仕返し」なんて気骨のある連中ではない。
ともかく、一年生二人の指導は千鶴がやることになった。
それをいいことに、りゆ先輩はパート練習に出て来なくなった。
本番前になると、一年生がいないときにこっそり出てきて、千鶴と二人で練習する。りゆ先輩の指導も千鶴の役割だ。
あの一年生どもと同じく、家で練習しているわけなんかないから、ぜんぜん上手にならない。
ただ、千鶴は、二人で曲をいっしょに聴く機会を増やした。りゆ先輩が、本番で、途中でどこを吹いているかわからなくなり、演奏から脱落しないように。
それ以来、それまでとはまったく逆に、りゆ先輩は
千鶴に声をかけるときもびくびくしている。千鶴に何か指摘されたら、先輩どころか、怖い先生に怒られたときのように
「はいっ」
とかわいそうなくらいに縮こまっていた。
あの、セーラー服のようでセーラー襟ではない襟のなかに、首をできるだけ埋没させて。
そのころの千鶴は「指摘は一日三つまで」というルールも知らず、少しでもおかしいと思ったらぜんぶ指摘していたので、りゆ先輩は何度も何度もそうやって縮こまった。
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