第3話 決断の坂井、未来を盗む。
新年も早々、突然の桐島内閣解散と、坂井内閣発足という、とんでもないスキャンダルに、
総理官邸の広報室には緊張感が漂っていた。
カメラが数台並び、記者たちが一斉にシャッターを切る準備を整えている。桐島総理の隣には、スーツ姿の坂井俊輔が立っていた。
「それでは、次期総理候補として坂井俊輔氏から挨拶をいただきます」
広報担当官がそう告げると、俊輔は喉を鳴らして一歩前に出た。
「初めまして坂井です。……私の出どころは、貧しいフリーターです……数日間何も食べてません。お腹が空きました……」
冗談のつもりだった俊輔に、記者たちの目が鋭く注がれる。
「この国の……いや、世界の未来について……考えてみました」
記者たちがざわつく中、俊輔は思い切って言葉を続けた。
「小麦粉の輸入が規制されているとのことで、今日本が未曾有の事態に陥っているのは国民の皆様がご存じの通りです。
そして一連の事案で世界中に緊張感が高まっているのも、事実でございます。
最悪の事態を回避すべく、今日の会談に臨みたいと思います」
記者たちが一瞬静まり返った。彼の言葉の意味を測りかねているようだったが、その中から一人の記者が手を挙げた。
「具体的には、どのような道を提案されるのですか?」
俊輔は深呼吸し、答えた。
「きのこ、たけのこ論争に決着をつけます」
記者たちは一斉に驚きの声を上げた。
「な、なんだって?」
記者の一人が仰々しく俊輔に尋ねた。
「未だ誰も正しい回答を見出せていない倫理問題。トロッコ問題、シュレーディンガーの猫問題につぐ、『きのこ、たけのこ問題』を、
首相が解決なさるというのですね!?」
俊輔は自信満々に答えた。
「します! というかこれしかないという回答を用意いたしました!!」
その瞬間、部屋は一気に沸き立った。記者たちは一斉に質問を浴びせるが、その中で唯一冷静だったのは桐島麻里だった。
「お父様、本当にこんな人が次期総理候補でいいんですか? 大体、元々泥棒なのでしょう?」
麻里は桐島総理に低い声で問いかけたが、総理は微笑みながら答えた。
「案外、こういう馬鹿な泥棒が、世の中を変えるのかもしれない」
その日、青山のホテルで開かれた各国緊急首脳会談。現場はすでに荒れていた。
主に、米国大統領と、中国国家主席の激しい舌戦だった。
「Demi!!! 逃げたかキリシマ!! このボーイは『ブロッコリー・アベニュー』を売り出してくれるんだろうな!?」
「懸命な判断アルよ。大人しく『たけのこの長城』に蹂躙されるアルよ黄色い猿ども」
「BIT●H!! F●CK!! じゃあ戦争でいいんだな!?」
「……ヨロシイ。 最後に立ってるのがきのこか、ブロッコリーか、たけのこか、どちらか決めるアルな」
……などと大声で吠えては噛みつきあっている両国最高責任者の板挟みにあい、
桐島元総理は胃を抑えていたが、貧乏ゆすりを繰り返して黙って聞いていた俊輔の堪忍袋の尾が切れた。
「じゃかしいわ!!」
空腹のあまり人格の豹変した俊輔の一言でその場がシーーン……と静まり返った。
「俺はなあ……総理になってまだ……一度も飯を食わしてもらってないんだ……
相当腹が減っている。俺だけじゃねえ、砂糖も小麦粉も手に入らなくて世界中の人が飢えている現状を考えやがれい!!」
俊輔は立ち上がり、各国首相の座る椅子の中央に置かれた、きのこの山、たけのこの長城、ブロッコリー・アベニューをまとめて掴んだ。
「いいかぃ? もう一度だけ言うぞぅ…… 俺はここ数日、いや今年に入ってからまだ何も食えてねえ。
その俺が、どれがいいか決めるってんでぃ! 異論がある奴ぁ出てきやがれ……ただ留意しろい!?
腹空かせてる奴に喧嘩うるってことがどれだけおっかねえか考えてから物を言えよぅ!?」
俊輔は片手で三つのチョコ菓子を鷲掴みにし、
片手でテーブルを爪を立てて引っ掻いていた。
この俊輔の狂気じみた威圧感に、威勢付いていた各国首相は黙ってしまった。
「じゃあ、食うぞ!?」
俊輔は、鷲掴みにしていたキノコの山と、たけのこの長城と、ブロッコリーアベニューを握りつぶして、
まとめて口に入れた。
そして次の瞬間……
「まじい!!」
と言って全て吐き出した。
「な! 何するアルか!!」
「だまらっしゃい!!」
身を乗り出した国家主席を、俊輔は一言で押しとどめた。
「不味い!! 空腹は最高のソースって聞いたから、大っ嫌いなチョコでも美味く感じるかと思ったけど、
ひっでえ味だなこれは!! 食えたもんじゃねえな!!」
「HEY!! 黙って聞いてりゃブロッコリー・アベニューを犬の餌と一緒にするんじゃねえぜB●TCH!! 」
「何を! たけのこの長城の良さがわからないなんて、お前も所詮黄色い猿アルな!」
「坂井君……いくら君でもきのこの山を愚弄する発言は……」
「ええい黙れ黙れ黙れ!! お菓子ごときに犬の餌だの黄色い猿だの! 犬と猿に失礼でい!!
……俺はなあ。お前らみたいな、キノコやらタケノコやらですぐ喧嘩する奴を見るたび、考えてたことがあったんでい。
総理になったからな。ようやく実現できたぜ。おい!! 持ってきな!!」
そう、俊輔に促されて、青山のホテルマンが持ってきたものは、
葉先が尖ったモミジのような、アサ科の植物の形をしたチョコレート菓子だった。
「これがキノコタケノコ論争に対する答えでい!! 喧嘩する奴は全員、黙ってコイツを食え!!」
「これは……何アルか……?」
「し、俊輔君!! これは……!!」
「OH! NO!! SO crazy!! これはユーの国では非合法のハズじゃないのか!?」
「そうよ……。 緑色のモミジとでも呼んでくれい。
その名も、『●●●ァ●の沼』でい!!」
「俊輔君……これは流石に……」
「うるせえ黙って食え!!」
俊輔の、今にも食ってかかりそうな顔で全方位に威圧し、
各国首相は配られたその菓子を口に運んだ。
「……味がしないアルな」
「うむ……しかし……もうひとつ頂いていいかな?」
「so sweet…… ところで、meたちは何を喧嘩してたんだっけ?」
「……わからないアルけど。なんかごめんアル。色々、汚い言葉言ったと思うアルよ。
自己批判するアル。……もうひとつ食べていいアルか?」
「こちらこそ、いい大人がF用語を連発してsorryね。気を悪くしたなら、sorryね。peaceが一番ね」
「どうでい。喧嘩、やめる気になったかい……?あ、俺はいいや。チョコレート嫌いなんだ」
信じられないことに、俊輔は第三次世界大戦を食い止めたのだった……。
ひとまず首相の初仕事としては十分すぎる成果である。まあ、内容は尖っていたが……。
しかし、その栄光の裏で俊輔はある決断をしていた。
「俺は…総理候補なんて向いてない。やっぱり普通の生活がいいんだ!」
官邸の庭で、桐島麻里に向かってそう告げた。
麻里は俊輔をじっと見つめ、ため息をついた。
「あなたみたいな人が普通の生活に戻れるとは思えないけど……まあ、それもあなたらしいわね」
俊輔は照れ臭そうに頭を掻いた。
「それにしても……君、可愛いところあるな。フリーターの俺には高嶺の花だけどさ」
麻里は微かに微笑みながら、俊輔に歩み寄った。
「ふふ、誰がフリーターなの? 泥棒さん」
そして去り際に俊輔にこう言った。
「……私の運転手でよかったら、雇ってあげてもいいわよ」
その瞬間、俊輔の心に妙な感情が芽生えた。それが恋であると気づくのは、もう少し先の話だった。
「俺は……本当にとんでもないものを盗んでしまったのかもしれない。だけど……悪くないな」
彼の心の中に芽生えた新しい未来。それは、総理候補としてではなく、一人の人間として歩む新たな道だった。
こうして、坂井俊輔の物語は幕を閉じた。
日本の歴史史上、最も短かった『坂井内閣』と、結局倫理的にアウトとなって販売されなかった『●●●ァ●の沼』と言うお菓子は、
今では都市伝説的に語り継がれている。
俺はとんでもないものを盗んでしまったのかもしれない 了。
俺はとんでもないものを盗んでしまったかもしれない。 @SBTmoya
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