第2話 盗人俊輔と総理の頓珍漢な交渉。



一方、首相官邸。

時の内閣総理大臣、桐島周作は、胃を抑えて衛星電話による4カ国緊急首脳会談に臨んでいた。

中・露が米大統領によって、加圧的に定められた「ブロッコリー・アベニュー法案」に反抗したのだった。

そして、米がその気ならということで、国家主席が米国の牽制を振り切って打ち出した法案が、「たけのこの長城法案」であった。

この「たけのこの長城」なるものは、いうまでもなく純中国産のお菓子になるわけだが、

原料は砂糖、カカオ豆を一切使わず。中国産の小麦粉とピーナッツ、黒胡麻で作られている。

中国はこのお菓子をすでにロシア、台湾、北朝鮮に広め、

4カ国で「カカオ豆と砂糖」の輸入を規制する旨を発表した。これが「たけのこの長城法案」である。


 当然米国は猛反発。「FU●K!! ならばこちらも小麦粉とピーナッツなどという食材には規制をかけるぞB●TCH!」

と息巻いた。

なし崩し的に、日本も小麦粉とピーナッツが規制を受けた。


 本心では「きのこの山」を推進したい総理大臣の立場は丸潰れになっていた。


「アメリカ人頭でっかちアルね!! そんなんだから 『天津飯』が和食か中華かわからないアルよ!」


「fu●k!! 『天津飯』は和食に決まってるだろうが! 犬でも食ってろ!」


 米大統領と国家主席の舌戦の板挟みになり、総理大臣桐島は胃薬の瓶を握りしめた。




 真夜中の都心。思わぬ形で国家機密を盗んでしまった俊輔は全力で走っていた。


「待て! 貴様!」


 黒スーツの男たちの声が迫る。俊輔は息を切らしながら公園の出口を目指すが、追っ手の数は減るどころか増えている。


「何なんだよ! こんな大人数で追いかけてくるとかおかしいだろ!」


 やがて行き止まりに追い詰められ、俊輔はついに捕まってしまった。黒スーツの男たちは彼を取り囲み、何やら無線で指示を仰いでいる。


「対象確保しました。これより搬送を開始します」



「搬送って、どこに連れて行く気だよ!? やめてくれ! 俺にはこんな問題、どっちだっていいんだ!!」


 俊輔の叫びも虚しく、彼は車に押し込まれた。

目を覚ますと、俊輔は見知らぬ豪華な部屋にいた。壁には日本の国旗が飾られ、大きな机の向こう側には一人の男性が座っている。


「お目覚めかな、泥棒君」


 その男こそ、現職の総理大臣・桐島だった。


「えっ、総理大臣!? どうして俺がこんなところに?」


 俊輔は頭が混乱していたが、桐島総理は落ち着き払った様子で微笑んでいる。


「君が持ち出した資料は、国家機密中の機密だ。だが、まずは落ち着いて聞いてくれ。我々は敵ではない。

 純粋な、きのこの山を愛するものだ」


「坂井です! チョコレートは嫌いです!!」


「……聞かなかったことにしよう」


 桐島総理は手元の書類を閉じ、俊輔に向き直る。


「さて、話を戻そう。君が手にした資料だが、それはこの国の未来に関わる非常に重要な内容だ」


 俊輔は思わず反論する。


「きのこたけのこ派論争とか書いてありましたけど?」


「その通りだ」


 総理の真顔に、俊輔はさらに困惑する。


「……本気ですか?」


「我々にとっては冗談では済まされない問題だ。まだ若い君にはわからないと思うがね。

 世界経済は何で回っているか知っているか?

 一説には『麻薬』と答えるものもいるが、実際のところは『小麦粉』と『砂糖』で回っているのだよ」


 桐島総理は立ち上がり、部屋を歩きながら話し始めた。


「つまり、『きのこたけのこ論争』は君が想像しているより遥かに、人類の根幹に関わる論争なのだ。

 きのこの山とたけのこの里、そのどちらを支持するかでこの世界中は真っ二つに割れている。

 そして、それが外交問題にまで発展している現状を、君は知ってしまった」


「……、それで追い回されたんですか!?」


「そうだ。君がその資料を外部に漏らせば、国際的な信頼を失い、さらなる混乱を招くことになる」


 俊輔は呆然とするしかなかった。


「で、俺に何をしろって言うんですか?」



 桐島総理は静かに微笑んだ。


「簡単だ。君が何を望むにせよ、それを叶えよう。その代わり、この件については一切口外しないでほしい。」


「……なんでも?」


「なんでもだ」


 俊輔は半ば冗談で言った。


「じゃあ……俺総理大臣になりたいです」


 一瞬の静寂が訪れた。しかし次の瞬間、桐島総理は真剣な表情でうなずいた。


「分かった。その方向で進めよう」


「はっ!? 冗談ですって!」


 総理の周囲に控えていた官僚たちがざわつき始める。


「確かに、彼はキノコ、タケノコ、どちらの派閥にも属さないリベラル派です。次期総理候補として検討するのは妥当かもしれません」


「急ぎ準備を進めるべきでは?」


 俊輔は思わず頭を抱える。


「これは夢だな!? 悪い夢だな!!?」


 そこへ、新たな人物が部屋に入ってきた。若い女性で、きりっとした表情をしている。


「お父様、どういうことですか?」


「お、麻里。ちょうどよかった。こちらは次期総理候補の坂井君だ」


「はぁ?」


 桐島麻里、総理の娘である。彼女は俊輔を上から下まで冷たい目で見つめる。


「こんな泥棒が次期総理? 冗談も大概にして」


「俺が一番思ってます!」


 こうして、俊輔は予想だにしなかった「総理候補」としての道を歩む羽目になったのだった。



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