第3話 見つけた目標

 私の新しい住処となった家に到着してから五日ほどが経過した。

 すっかり食事も満足に取れるようになって、私は満足した生活を送っている。

 家の中には掃除道具一式はなかったものの、頭の中で思い浮かべればそのための魔導書が私の手元にやって来る。おかげで、生活関係の魔法はほぼ使えるようになってしまった。

 明かりをつけたり、埃を集めたり、物をきれいに洗ったりと、その魔法は多岐にわたる。弱い魔物も平然と狩れるようになってしまったのはちょっと意外だったかな。

 でも、そのおかげで生活の充実っぷりは今までに経験したことのないくらいになっていた。

 魔族に転生したことで魔法が使えるようになっただけでも、人間時代とは比べ物にならないくらい便利。私の少ない魔力でも、現状ではそれほど問題は起きていない。

 ただひとつ、問題とするのなら一人暮らしで寂しいということくらいじゃないかな。

 人間時代は宿屋のおばさんとか、ご近所の人たちとか交流があった。魔族になってからは感じる余裕がないくらいの忙しさがあった。

 でも、今はその両方がない。だから、ものすごく手持ちぶさただし、話し相手もいなくてただただ黙々とした時間が過ぎていってしまう。


「うーん、暇ね……」


 私は家の中でも日当たりのいい場所に移動して、適当な書物を読んでいる。

 せっかく魔法が使えるのだからと、ここまで覚えた魔法以外にも何か覚えられないかと思ったから。

 今使える魔法でも、最低限食べていくだけの魔物を倒すことはできる。でも、いつまでも弱い魔物だけがいるとは限らない。何があるか分からないのだから、万一に備えておくのは人間時代の習慣よ。

 でも、思い当たるあたりの魔導書はほとんど読んでしまった。つまり、再び暇な時間を迎えてしまったということ。


「そういえば、何かの研究室みたいな部屋があったわね。何かよく分からなかったけど、もう一度確認してみましょうか」


 ポンと手を叩いた私は、一階の奥まった暗がりの部屋へと向かっていった。

 その部屋はかなり暗い。


灯よランプ


 私の左の手のひらから光の球が浮かび上がる。

 これは生活魔法のひとつで、明かり取りの魔法。魔力のこもった言葉を唱えることで、魔力がほとんどなくても扱うことができるというものなのだそう。

 これで、部屋の中がよく見えるようになる。

 見たことのない器具がたくさん置かれている。窓と同じ水晶を使って加工された容器に、天井から吊るされた乾燥した葉っぱなど、なんとも見慣れない光景だった。


「何かしらね、これ」


 私がぽつりと呟くと、また目の前に魔導書が現れてページがめくれていく。

 開かれたページを見ると、そこには錬金術なる項目が書かれていた。


「これを見せたということは、ここにある道具はその錬金術というものに関係したものなのね」


 私が呟くと、本はぱたりと閉じてその場で一回転している。そして、私に向けて倒れたかと思うと、先程のページが再び開いていた。


「錬金術かぁ……。やることもないし、ちょっとやってみようかしら」


 私が興味を抱いたかのような言いぶりをすると、目の前の魔導書は開いたままくるりと回っている。

 しばらくすると、本が十数冊私の前まで飛んできた。


「えっ、もしかして、これ全部錬金術に関係した本なの?」


 十数冊の本が前後に傾く。これは首を前後に振って頷いている動作なのだろう。つまり、「その通りだ」という返事だと思われる。

 魔導書たちの思わぬ行動にびっくりはしたものの、暇つぶしにちょうどいいかしらね。

 ランプの魔法を消して扉を閉めると、私は魔導書たちと一緒にさっきの部屋へと戻っていった。


 本当にこんなにのんびりした日々を過ごすのは初めてというもの。

 家の二階の日当たりのいい部屋で、私は錬金術の魔導書を読みふけっている。

 どんなものかよく知らなかった錬金術だけど、読み進めているうちにいろんなことができると分かってきた。


「へえ、傷や病気などを治すポーションかぁ。えっ、建物も一瞬で建てられちゃうの?」


 読めば読むほど、新しい発見があってどんどんとのめり込んでいってしまう。

 この家の元の持ち主は、相当の腕前を持った魔法使いであり錬金術師であるのだと思われる。

 だって、私の思考に反応して見たいページを見せてくれたり、呼び掛けに応えて動きを見せたりするんだもの。これだけでも十分すごいことだと思う。


(私にもできるのかな……)


 これだけすごいことを目の当たりにしてきたので、私の中に魔法だけじゃなくて錬金術に惹かれていく気持ちが芽生え始めていた。


(時間はたくさんあるし、この家を使わせてもらえるんだから、いっちょやっちゃいますか)


 私の中で気持ちが固まると、改めて錬金術の初心者は何をしたらいいのか魔導書に声を掛けてみる。

 そうしたら、十数冊の魔導書の中の一冊が、私に近付いてぱらぱらとひとりでにめくれていく。

 開かれたページには、錬金術の何たるかといった、基礎知識のようなものが書かれていた。


「よし、頑張って最低限の知識を覚えて、錬金術やっちゃいますよ」


 さっき流し読みをした魔導書を、今度は注意深く目を通していく私。目標を見つけたことで、そのやる気は俄然強まっていったのだった。

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