第2話 森の中の新生活
その日、私は四日ぶりの食事にありついた。
ぱらぱらとめくれて開いたページには、近くの魔物の分布と狩り方などが記載されていた。私はそれに従って魔物を狩ってきたのだ。大した魔力はなかったけれど、魔物を狩るくらいはできたみたい。
でも。私は人間時代も魔族時代も含めて、初めて自分で生き物を殺した。その時はとても罪深く感じた。
でも、そうしないと自分は飢えて死ぬのを待つばかり。生きるためには仕方がなかった。
(魔物さん、ごめんなさい。あなたのおかげで私は生き延びます)
残った肉と毛皮、それと何か宝石のようにきらりと光る石以外は、すべて庭に埋葬しておく。肉は次の食事、毛皮は服などの材料、石は魔石と呼ばれる魔力の塊と書かれていたためだ。
それ以外の不要な部分はちゃんと埋葬しておかないと、周囲に瘴気と呼ばれる毒素をばらまくと本には書かれていた。
瘴気というのは魔物を形成する要素であり、魔物の餌なのだそうだ。自然発生でもそこそこ存在はしているものの、魔物の死骸から発生したものはその場に残りやすい。瘴気が濃くなるとより強い魔物を生み出したり、多くの魔物を呼び寄せたりしてしまうそうだ。
私は平穏な暮らしを望んでいるので、きちんと処理をしたというわけなのよ。
歩き通しで疲れたし、さっさと休みたいと思ったけれど、改めて自分の姿を見る。
魔族の屋敷で着ていたメイド服はすっかり汚れ、森をさまよっていたせいであちこちが破れてしまっている。
まったくどうしたものだろうかな。
かつては町で宿屋を手伝っていたとあって、今の自分の状態はすっかり落ち着いた今ではどうして我慢できるものではなかった。
うーんと唸って考えて込んでいると、私の目の前まで書斎の本がまたひとりでに飛んでくる。そして、私に見せつけるようにして、パラパラとページが勝手にめくれていた。
「えっと、なになに……。洗浄魔法と修復魔法?」
どうやら、物や体をきれいにする魔法のようだった。
ふむふむと頷きながらページに目を通した私は、弱い魔力を使って自分に向けて魔法を使う。
するとどうしたことか。自分の体が光を放っていた。
「わわっ、まぶしい!」
思わず叫んでしまう。だって、体が光るなんて聞いてなかったんだもの。
その光も一瞬で収まったのはよかった。あのまま光り続けていたら、私はどうなっていたんだろうか。
家の中を見回しても鏡のようなものはなかったので、窓をじっと見つめる。どうやら水晶を薄く加工したものがはめ込まれているようなので、ここを見れば自分の姿が確認できるようだ。
「あ、きれいになってる……」
自分の姿を確認して驚くしかなかった。
ボロボロに破けていたメイド服は新品同様になっているし、荒れ果てていた髪の毛もしっとり、服や肌についていた汚れもすっかりなくなってしまっていた。
どうやらさっきの光が、洗浄魔法と修復魔法が発動した合図だったようだ。
それにしても、どうして大した魔力も持っていない私が、これほどの魔法を使えたのだろうか。
魔族の屋敷にいた時だって、掃除の補助に魔法が使えなかったので、手作業で掃除をしていたくらいだったから。
でも、この建物に入ってからというもの、なんとなくだけど自分の中に力があふれてくるような感覚を持っていた。特に手紙を読んだ後からは分かりやすいくらいに変わった気がする。
「ふわぁ……。気になるけれどさすがに眠いわ。四日間森を歩き通しだったし、とにかく眠りましょうか……」
久しぶりの食事に、きれいになった安堵感。どうやら私の意識は限界だったみたい。
私は何かに導かれるように寝室に向かい、置かれていたベッドの中へと潜り込む。
(すごい、ふかふかぁ……)
長年放置されていたのなら埃っぽいはずなのに、まったくそんな感じはなかった。
ふわふわとした感触に、私の意識はあっという間に眠りに落ちていった。
翌朝、小鳥のさえずりで目を覚ます。
四日間ろくに眠っていなかったのに、こんな短時間で気持ちよく朝を迎えられるとは思ってもみなかった。
「うーん、いい朝ですね。今日は家の中を見て回りましょう」
窓を開け放ち、外の空気を吸い込む。
魔族の屋敷からたったの徒歩四日という距離なのに、どうしてこうも空気が違いすぎるのかしらね。
朝食は昨日の魔物の肉の残りをいただき、改めて家の中を見て回る。
昨日の書斎といい、たくさんの本が置かれている。そのほとんどは魔導書と呼ばれる、魔法について書かれたもののようだった。それ以外には、なにやら魔法道具のようなものが転がっている部屋もあった。
この状況から察するに、おそらく前の持ち主は魔法使いだったのだろうと思われる。
家の中の状況を見てしまうと、改めて元町娘で大した能力のない下級魔族である自分が受け継いでしまっていいのかと、怖くなってしまう。
しかし、一度は受け入れてしまったがゆえに、そう思うのは今さらかもしれない。
森をさまよってたどり着いた家。自由の身となった私の新生活は、こうやって始まりを告げた。
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