第15話 急いで
魔導書の一冊について来てもらって、私はマシュローの町へと不眠不休で急ぐ。
魔族の体の頑丈さには、こういう時ばかりは感謝するべきかしら。
(お願い、間に合って……!)
私は歯を食いしばりながら、作れるだけ作ったポーションを鞄に詰め込んで走っていく。
帰りの時の三日半を大幅に短縮して、私は丸二日でどうにかマシュローの町に到着する。
膝に手を当てて、肩で大きく息をしている。自分が今どんな格好かも分からないくらいに疲れてよろけながらも、一歩一歩門へと近付いていく。
「角?! 嬢ちゃん、あんた魔族だったのか」
「えっ……」
門に近付くと、いきなりそんな声を掛けられる。
どうやらかぶっていたフードは外れ、髪で隠していた角は木に引っかけるなどでほどけてさらされてしまっていたようだ。
門番の指摘に、私は思わず頭を触ってみる。確かに、角がさらけ出されてしまっていたみたいだ。
でも、今はそんな事を気にしているような状況ではない。
「私が魔族とかいうのは今はどうでもいいんです。オークが……、オークの軍勢がマシュローに近付いてきているんです」
「なんだと?!」
門番がすごく驚いている。
私を魔族と分かっても、信じてくれるのかな。
「あのクルスと親しげに話す嬢ちゃんの話だ、疑い理由はない。今すぐ自警団に言って事情を説明してくれ」
門番が私の手を引っ張ろうとするけれど、何かを思い出したのか手を止める。
「忘れていたぜ、フードだけはかぶっておいてくれ。魔族と知れると住民が騒ぐ」
「分かりました」
言われたので、ひとまずフードをかぶって角を隠す。
門番の手に引かれながら、私は自警団を目指して移動する。フード姿での移動は、前回に訪れていたのであまり気にする人はいないようだった。一度来ておいてよかったと思う。
どうにかこうにか、私は門番と一緒に自警団に到着する。
先日の時とは別な理由で緊張が私に襲い掛かってくる。
正直言って怖い。
自警団の前で一度立ち止まると、私は何度も大きく呼吸をする。
(落ち着け、私)
最後に両手で頬を叩いて気合いを入れる。
「……行きましょう」
私は門番と一緒に、覚悟を決めて自警団の建物へと入っていった。
「話は分かった」
クルスさんとマリエッタさんと話をすることができたので、すんなりと私の説明は受け入れられたようだった。
「それにしても、オークの群れですか。これは捨て置けませんね」
「ああ、暴力的だから。奴らに蹂躙された町は地獄絵図になったという話は聞き及んでいる。そうなるのは避けたいな……」
クルスさんはギリッと爪を噛んでいるようだった。
すぐさま、クルスさんはマリエッタさんと話を始める。おそらくは作戦会議といったところだと思われる。
「ひとつ確認をしておきたい」
「なんでしょうか」
クルスさんから確認を求められる。同時に私の目の前には地図が広げられる。
「ここがマシュローの町だ。そして、アイラの家はこの辺だったな。オークの群れを見たのはどの辺りだ?」
どうやら位置の確認のようだ。
位置の確認を行うと、何日前の話かという確認もされた。
おおよそ三日前だと伝えると、クルスさんもマリエッタさんもすごく渋い顔をしていた。
「……つまり、もう目の前にいてもおかしくないな。間に山があるから迂回をせざるを得ないとはいえ、魔族の能力を考えるともう一日程度の距離にいる可能性が高い」
「すぐにでも攻め込まれそうですわね」
「よし、マリエッタ。すぐに自警団を集めろ。非常団員も含めてだ」
「分かりましたわ」
クルスさんの声に、バタバタと慌ただしく出て行くマリエッタさん。
残ったクルスさんは、今度は私を連れてきた門番にも声を掛けている。
「すぐに門の外を見て状況を確認してくれ。非常事態を張る」
「分かったぜ」
門番も出て行く。
「クルスさん、私も戦います。あのオークたちの主は私を屋敷から追い出した本人ですし、なにより私と同じ経験をして欲しくないんです」
「だが、君を巻き込むわけには……」
私が覚悟を伝えると、クルスさんはつらそうな表情をしている。
「大丈夫です。そのために魔導書にもついて来てもらいましたから」
私の言葉に反応するように、今まで姿を消していた魔導書が突然姿を見せた。そして、任せろと言わんばかりにくるりと一回転していた。
クルスさんはしばらく悩んでいたようだけど、オークの群れが相手となると少しでも戦力が欲しいのは事実だ。
「分かった。だけど、無茶はしないでおくれ。魔族とはいえ一般人だ、巻き込むのは本意じゃない」
「分かってはいますが、これは私自身の戦いでもあるんです。最低限退けることでもできたなら、私は過去と完全に決別できると思うんです……」
胸の前でぎゅっと拳を握って、少し下を向いていしまう。
怖いというのは事実だし、戦いなんてものは本当ならしたくはない。でも、数日間だけでもお世話になった町がめちゃくちゃにされるのは、黙って見ていられないんだから。
私の覚悟を見たクルスさんは、黙って私に手を差し出していた。
表情を引き締めて小さく頷くと、私はその手を取って街の西側へと走っていった。
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