第14話 急展開

 私は久しぶりに家に戻ってきた。

 マシュローまでの道のりは、クルスさんと一緒だった時には六日間かかったものの、私一人だけだと無理にでも歩くことができたので三日半で戻ってくることができた。改めて魔族の体ってすごいと思う。


「ただいま」


 家の中に入って挨拶をすると、すーっと一切の魔導書が私の元に向かって飛んできた。


「ちょっと、ちょっとくすぐったい」


 本の角を私にこすりつけてくる。まったく、なんて人懐っこい魔導書なのかな。

 ひとまず家に戻ってきたので、たまにはお風呂に入りたくなってくる。とある町に住んでいた頃も、時々入るお風呂は楽しみだったもの。

 お風呂で改めて自分の体を見てみるけれど、頭に角がある以外は人間と変わりがなかった。そんな姿のおかげで、マシュローの町ではどうにかやり過ごせた。

 久しぶりにお湯でさっぱりした私は、マシュローの町で購入した新しい服に袖を通す。

 魔族に生まれ変わってからというもの長い間メイド服ばかりだったので、こういった服は人間だった頃以来。懐かしいんだけど、どこかかえって恥ずかしくなってくる。

 久しぶりに着てみた町娘っぽい服装に、私はついくるりと一回転してみる。今までに着てきたどんな服よりも質感がよさそうだった。


「マリエッタさんに貴族風の服を作られそうになったときは、全力でお断りしましたね。私に貴族様の服はもったいなさすぎます」


 服を着て照れ笑いをしながら、周りを漂い続ける魔導書を指でつんと弾く。

 少し傾いた魔導書はすぐに元に戻り、私に対して本の角をこつこつと当ててくる。どうやらさっきの行為を怒っているようだった。


「あはは、ごめんなさい」


 一応謝罪をしておいて、私は早速この家での活動を再開したのだった。


 戻ってきた初日はぐっすりと眠った私は、早速ご飯と薬草を求めていつものように外へと出かけていく。

 ポーション用の薬草を摘み取って鞄に入れ、食材となる魔物を狩りに行く。

 いつもの狩場へとやって来た私は、ふとした異変を感じ取っていた。


(ちょっと、魔物の数が多い?)


 周りを見ると、魔物に囲まれてしまっていた。いつもは数匹も居ないので囲まれることはないというのに、今日はやけに数が集まっていた。

 私は、家にあった魔導書で覚えた魔法を試してみることにする。

 薬草やご飯を手に入れるためには必須だと書かれていた探知魔法だ。

 ただ、この魔法は、自分の魔力を周囲に広げてその反応を見るもの。相手が魔力に敏感だと、簡単に察知されてしまう。

 私は魔族としては魔力が弱い方だけれども、かなり魔力に敏感らしい。おかげで弱い魔力で相手に感じ取られないようにしながら、相手を見つけることができるようなのだ。


(魔物が逃げてきているのなら、何かが近くにいるはずですからね)


 急に魔物が増えるということは、大量発生か逃亡のどちらかとなる。逃亡であるなら、強い魔物か魔族が近くにいるということになる。魔導書からの知識の受け売りだけどね。

 ひとまずご半分の魔物を確保しておいてから、私は両手を広げて集中する。

 キンという音が響き渡り、私を中心にして魔力が波を打つ。

 探知魔法とはいっても、私の魔力では効果範囲はたかが知れている。

 それでも明らかな異変を感じ取れた。


(この魔力って、まさか……)


 私は表情を強張らせてしまう。なんといっても身に覚えのある魔力が感じられたのだから。

 そんなまさかと思いながらも、私は現場へと近付いていく。

 木の陰に隠れながら様子を窺うと、そこには間違いなく知った人たちが集まっていた。


(まさか、オークたちが?! なに、私を探しに来たの?)


 顔を青ざめさせる。

 そう、少し開けた草原に、オークたちの群れがいたのだ。

 集まって何かを話しているので、こっそりと聞き耳を立てる。宿屋の手伝いにメイドの真似事までしてたんだもの。聞き耳は得意なんだから。

 しばらくすると、私の耳にオークたちの会話が聞こえてくる。


「戦だ、戦」


「人間どもを蹂躙できるかと思うと、心が躍るな」


(戦……? 戦いをしようっていうのかしら)


 オークたちの会話に耳を疑う。


「マシュローって町だっけか、今回の目的地は」


「ああ。なんでも減った使用人を補うためだとか言ってたな。男は殺せ、女はさらえって話だな」


「くくく、それは実に楽しめそうだな」


 オークたちがにやにやと気持ち悪そうに笑っている。

 そのやり取りを言聞いていた私は、思わずよろけてしまう。


(うそっ……。マシュローをオークたちが襲う?)


 口を押えたまま、私は後退る。

 その際にバキンと枝を踏み折ってしまい、私は慌ててその場から走って逃げていく。

 後ろからは音に気が付いたオークたちの声が聞こえてきたものの、こんな声をゆっくり聞いているわけにはいかない。


(急がなきゃ……。急いでマシュローに行かなくちゃ)


 私は全力疾走でまずは家へと戻る。


「あなたたち、誰か私と一緒に来てくれる?」


 魔導書に話し掛けながら、私はポーションを一生懸命に作っている。オークとの戦いともなれば、どのくらいの被害が出るのか分かったものではない。

 私だって、魔族に町を襲われて殺された身だもの。もうそんな事は起きてほしくない。

 できる限りのことをした私は、大慌てで家を出てマシュローへと向かったのだった。

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