第13話 追放後の屋敷

 アイラの去った魔族の屋敷。

 そこでは今日も屋敷の主の怒鳴り声が飛んでいる。


「屋敷の中、汚れている。責任者、出てこい」


 物を放り投げ、屋敷の使用人たちにきつく当たっている。どうやら、アイラが去って日を追うごとに、屋敷の汚れが目立ち始めていたようなのだった。

 あまり汚れを気にするようなタイプではなさそうなのだが、アイラがいる間のきれいさに慣れてしまったせいか、汚れが気になるようになってしまったようだ。


「すぐに連れて参ります……」


 げんなりした様子で、一人の使用人が走って部屋を出ていく。

 屋敷の主は、足を組んで崩したような姿勢で椅子に座り込んでいる。目のあたりがはっきりと見えないので、かなり不機嫌なようだ。

 しばらくすると、先程の使用人が一人の女性を連れて戻ってきた。


「彼女が、掃除担当の使用人でございます」


「お、お呼びでございましょうか、主様……」


 屋敷の主の威圧感に、連れて来られた女性の使用人は震えた様子で声を出している。


「なぜ、掃除、行き届いていない」


 重い声が響き渡り、部屋の中が震える。女性も思わず失神してしまいそうになる。


「ちゃ、ちゃんとすべてやっております。確認して頂ければ、お分かりになるかと存じます」


 必死に言い訳をするものの、屋敷の主にはまったく通じていない。

 次の瞬間、女性に何かがべったりと張りつく。


「くっ……さぁ~……」


 屋敷の主のつばだった。体に張りついたつばは悪臭を放っていて、主の前でなければ身もだえてしまいそうなくらいである。


「口答え、許さない。とっとと掃除する」


「か、畏まりました……」


 女性はふらふらになりながらもどうにか部屋から立ち去っていった。


「主様」


「なんだ」


 女性が出ていったのを見送ると、女性を連れてきた使用人が屋敷の主に声を掛ける。


「やはり、屋敷の維持にはもう一人必要なのではないでしょうか。二人でやっていた間は美観が維持できておりましたゆえ、その方がよろしいかと」


「ふむ……」


 考え込んだ屋敷の主は、しばらくすると立ち上がる。


「ならば、近くの町襲う。襲って人、連れてくる」


 人員を補充するために、どこからかかっさらってくるつもりのようだ。実に短絡的な結論だった。


「招集、すぐ部下を集める」


「はっ、伝えて参ります」


 屋敷の主の声に、使用人たちは各所へと散り散りになって走り出した。


 ―――


「最悪ぅ~……」


 屋敷の主につばをかけられた女性は、一生懸命に体を洗っている。

 一張羅であるメイド服もべたべたに汚れてしまい、これまた一緒に必死になって洗っている。同情してくれた他の部署の使用人がお湯を融通してくれたものの、これがまたなかなか落ちなくて困ったものだった。


「あの豚野郎め……。このあたしによくもやってくれたわね。まったく、これもあの女が無抵抗に出て行ったせいだわ……」


 必死に洗いながら、なぜか怒りの矛先を追い出された同僚のメイドに向けていた。

 そもそもそのメイドが追い出されたのは、つばをかけられた女性がさぼった上に告げ口をしたためである。完全な自業自得の上に逆恨みというものだ。

 女性は魔法の才能があるというのに、使わずにさぼっていた。そのツケが今回ってきているだけなのだ。だというのに、どうしてそういう思考になるのだろうか。

 おそらくは、屋敷の主に逆らっても返り討ちに遭うからだろう。だから、簡単に追い出されてしまったメイドへと、怒りの矛先を向けているのだと思われる。


「覚えていなさいよ。絶対いつか見つけ出してめちゃくちゃにしてやるんだから。……くしゅん」


 立ち上がって意気込むのはいいのだが、ちょっと時間が経ちすぎたようだ。冷えてしまって可愛らしくくしゃみをしていた。

 きれいさっぱりした女性は、どうにか魔法で服を乾かすと、がに股でどっしり歩きながら掃除へと向かっていった。


 ―――


「我らがオーク軍団、主の命に従い馳せ参じました」


「よく来た。作戦、伝える」


「なんなりとお申し付けください」


 集まった部下の魔族たちを前に、主は立ち上がって口を開く。


「近くの町、滅ぼす。さらって人間、こき使う」


「して、目標は?」


 行動を起こす理由を告げられた部下たちは、攻撃目標を尋ねている。


「東からにおう。大きな町、ある。そこを襲う」


「東の町、ここからだと山越えをしたマシュローの町ですな」


 片言の屋敷の主の言葉を、的確に理解する部下。どうやら、かなり頭の切れる部下のようだ。


「数、集める。一気に攻めて、滅ぼせ。準備、どのくらいかかる」


「今は平時でございますので、召集には時間がかかりましょうが、五日ほどかと存じます」


「そうか。お前たち、任せる。男、殺せ。女、集める」


「承知致しました。必ずやよい戦果をお届けいたしましょう」


 部下たちは足早に部屋を出て行く。

 一人になった屋敷の主はごろんと横になると、報告を楽しみにそのまま寝入ってしまっていた。


 ―――


「やれやれ、久しぶりに戦かと思えば、また人さらいか」


「そういうな。主様はあの通りの方だが、強さだけなら我らが束になっても敵わぬ相手だ。変な気を起こすでないぞ」


「分かりましたよ。まっ、おいらは戦の方を楽しませてもらえばいいんですがね」


 部下たちのオークは、主とは違ってまだ理知的なようだ。どことなく辟易とした様子を見せているが、力関係で従っているようだった。

 理由が理由とはいえ、久しぶりの戦が行えるとあってオーク軍団の士気が上がっている。


「さあ、主様のために狩りを行おうか」


 屋敷に雄たけびがこだましたのであった。

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