第12話 新たな気持ちで

 クルスさんが呼んできた女性は、自警団に数少ない女性の団員で、近隣を治める領主の親戚であるランスター男爵のご息女らしい。

 女性でありながらも男性顔負けの剣技を操るらしく、なんでもクルスさんですらたまに負けるのだそうだ。

 今回クルスさんが同行者として紹介したのは、やはり私と同じ女性ということだからだろう。


「それでは参りますわよ」


 クルスさんとマリエッタさんに連れられて、私はマシュローの町では一番大きいのではないといわれる服飾店へと連れていかれた。

 建物の前に立つと、思わず私の足がすくんでしまう。


「あ、あの。ほ、本当にこのお店でよろしいんでしょうか……」


「ええ、もちろんです。私もごひいきにしているお店ですし、せっかくですからいいものを仕立てて頂きましょう」


 私が尻込みするものの、マリエッタさんに引きずられるようにして私はお店の中へと入っていった。


 外観もそうだったものの、内装もやっぱり目がくらみそうなくらい立派で、私の足はがくがくと震えてしまっている。場違いとすら思えてくる。


「大丈夫か、アイラ」


「え、ええ。庶民の私には、もったいない場所ですので、思わずめまいがしてしまっただけです」


 軽くふらついてしまったものの、クルスさんに支えられてどうにか倒れずに済んだ。


「あら、そうでしたのね。ですが、良質のポーションを作られるような方なのですから、このくらいの服装を用意した方がよろしいかと思います」


 そう言いながら、マリエッタさんが店員に合図を送ると、店員たちが駆け寄ってきて私は両脇を抱えられて奥へと連れていかれてしまった。

 マリエッタさんも遅れて部屋に入ってくる。

 次の瞬間、私は店員たちの手によって全身の採寸をされてしまった。


(ふ、服ってこうやって作られるんですか。知りませんでした……)


 たくさんの線がついた幅広の紐やらいろいろなもので、私は腰回りやら腕の長さやらたくさん調べられてしまって、終わった頃には疲れ果ててしまっていた。


「こ、こんなに大変なんですね。貴族の方々って、毎回このようなことをされてらっしゃるんですか?」


「そうですね……。多い時では一度に十着ほどは作りますが採寸は一度ですし、頻度はそれほど高くありませんからそこまでつらいと感じたことはありませんわ」


「そ、そうなんですね……」


 私は息が上がっているというのに、大した事がないといわれても納得できなかった。

 町娘で私は何でも自分でこなすタイプだったから、人にやってもらうという状況に慣れていないのも大きいのかもしれない。


「何日ほどでできますかしら」


「ご要望である四着ほどならば、三日もあればでき上がります。装飾は少ない方がよいとのことですので、もしかしたらもう少し早くでき上がるかもしれません」


「分かりました、三日後ですね」


 マリエッタさんはそう言うと、何かを取り出して店員に対して手渡していた。

 渡し終えるとくるりと振り返り、クルスさんの待つ売り場の方へと戻っていった。


 家に戻りたかったけれども、服の完成までは短かったので、私はしばらくマリエッタさんのご自宅にお世話になってしまった。

 ランスター男爵家にはすでに私の作ったポーションの話が伝わっていたらしく、ものすごく丁重なおもてなしを受けていた。元庶民としては驚かされるばかりの対応だった。

 服を新調してもらった上に、束の間の貴族気分まで味わった私は、まるで夢心地の中にいる気分だった。

 滞在中はマシュローの街をしっかりと案内までしてもらっていた。でも、私には帰る家がある。町に馴染んでしまいそうになる気持ちを首を大きく左右に振ることで振り払い、私は服のでき上がる三日後を迎えた。


 でき上がった服の一着を着させてもらったものの、あまりにも立派過ぎて吐息が漏れてしまう。こんな上質の服は生まれて初めてだったからだ。


「本当にいいですか」


「ええ、いいのよ。今回は私たちの立て替えで、次のポーションの買取の際の支払金から返してもらうから」


「ありがとうございます。大事に着させて頂きます」


 でき上がった服を大事に抱きかかえて、私はマリエッタさんと服飾店の店員たちとクルスさんに頭を下げる。


「喜んでもらえてなによりだ。それよりも、一人で帰るって大丈夫なのか?」


「はい。来た道は覚えていますし、なんとなくあの家の方角は分かりますから大丈夫です」


 クルスさんの質問に、私はこの上ない笑顔で明るく答えておく。心配させるわけにはいかないもの。


「せっかく知り合えましたのに、これでお別れなんて寂しいものですわ」


「仕方ないんです。あの家を見捨てるわけにはいきませんから」


 マリエッタさんにも明るく答えると、理解してくれたようだった。


「またポーションを仕入れることになったら、商人を護衛がてら君の家に行かせてもらうよ」


「はい、たくさん作ってお待ちしております」


 私は仕立ててもらった服を鞄にしまい込むと、クルスさんたちと一緒に町を囲む防壁の門まで移動する。


「嬢ちゃん、去っちまうのか」


「はい。帰るところがある以上、長居はできませんから」


「そっか。また来てくれよ」


「いつになるかは分かりませんが、機会がありましたらぜひ」


 私はお世話になった人たちに一人一人に挨拶をすると、マシュローの町を元気よく去ったのだった。

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