第9話 自警団にて

 むあっとした汗くさいにおいが漂ってくる。さすがは日々訓練に明け暮れる自警団というところだろうか。

 とはいえ、私も宿屋を手伝っていた身。この程度の汗臭さなど慣れている。

 会議室に入ると、クルスさんが窓を開けていた。


「すまないな、ほとんど男ばかりでにおいに無頓着なんだ」


「あら、私何も言ってませんのに」


 クルスさんの言葉に、私は驚いて声を掛けてしまう。


「入った瞬間に顔をしかめただろう。そのせいですぐに分かったんだ」


 なんともまぁ、私の一瞬の表情の変化を見ていたらしい。一体どんな観察眼なのか。

 窓を開けて空気を入れ替えたおかげで、室内のにおいは少々マシになっていく。完全に消えたわけではないけれど、この程度なら我慢できるというものだった。


「クルスが世話になったようで、同僚としてお礼を言わせてもらおう。ありがとう」


 クルスさんの同僚が、私に頭を下げてくる。


「いえ、人を助けるのは当たり前じゃないですか。そんな、お礼だなんて……」


 私はつい手と首を左右に大きく振ってしまう。当たり前のことをして褒められるのに、ちょっと慣れていなかったせいかな。

 だけど、同僚の男性はじっとわたしを見つめてくる。


「あんたにとっちゃそうかも知れないが、俺たちにとって副団長は重要な人物だ。その副団長を助けてもらったのだから、礼を言うのは当然だろう」


 同僚の男性からこう言われてしまえば、私は素直にお礼を受け入れるしかなかった。


「しかし、一体何があったんだ。詳しく聞かせてくれ」


「団長への報告はいいのか?」


「今はいねえからな。それに、団長に話しても無駄だろうからよ」


「ふむ……」


 クルスさんは同僚の男性とのやり取りの中で黙り込んでしまった。目の前の男性の言い分からするに、どうも団長は嫌われているような感じだった。

 でも、部外者である私が口を挟むわけにもいかないので、とりあえずは黙ってやり取りを見守っている。


「ふむ……。ということは、お前が気を失っていた理由は分からないってわけか」


「ああ、服のあちこちが破けていたから、相当のケガを負ったのは間違いないんだが、こちらのアイラが飲ましてくれたポーションで傷はまったくなくなってしまっていたよ」


「ポーションだって?!」


 クルスさんの話を聞いていた男性が、突然テーブルを叩いて勢いよく立ち上がっている。そこまで驚くなんて、一体どうしたというのだろうか。


「落ち着け、アーバン」


「悪い……。ここだけの話だったな」


 アーバンさんは静かになると、ゆっくりと椅子に座り直している。

 かと思えば、私の方へと鋭い視線を向けてきた。


「なあ、嬢ちゃん」


「な、なんでしょうか」


 鋭く重い声に、私はつい息を飲んでしまう。

 アーバンさんの声は、どう聞いてみても脅しているようにしか聞こえないからだ。


「クルスに飲ませたポーションって、どうやって手に入れたんだ?」


「それは……」


 空気が重い。

 答えようにも、掛けられている圧力に押しつぶされてしまいそうだった。思わず息が詰まってしまう。


「アーバン、あまり怖がらせるな。それじゃ答えられるものも答えられない。見ろ、顔がすっかり青ざめているぞ」


「うっ、わりぃ。つい仕事の癖が出ちまった……」


 クルスさんに怒られて、アーバンさんは素直に謝っている。

 でも、私はまだまだ息が詰まってまともに言葉が話せそうになかった。


「ダメだな。まったく、お前のせいだぞ」


 クルスさんにもう一度責められるアーバンさん。今度はまったく何も言わずに黙り込んでいた。


「俺が代わりに答えよう。ポーションは彼女が錬金術で作ったんだ。目の前で見せてもらったから間違いはない」


「錬金術だって? 薬師の調合じゃないのかよ」


「ああ、錬金だ。調合とはまったく違う手順で作り出していたからな」


 自信たっぷりに、真っすぐな目で話すクルスさん。これにはアーバンさんもすっかり言葉を失っていた。

 そのおかげか、私もようやく状態が回復してきて、呼吸が落ち着き始めた。


「アイラ、持ってきたポーションを出してもらってもいいか?」


「あ、はい」


「と、その前に。アーバン」


 出せといったそばから、クルスさんは私の行動をいったん中断させる。それと同時に、アーバンさんに対してなにやら指示を出していた。耳打ちのせいでまったく聞こえないので、気になって仕方がない。

 耳打ちが終わると、アーバンさんが一度会議室を出ていってしまう。

 アーバンさんが出ていった直後、クルスさんは窓を閉めて私に話し掛けてきた。


「すまないな。君の能力の一端を、この場で披露してもらうことになる。うまくいけば、マシュローにおける君の立場を確立させられるはずだ」


「クルスさんの一存で決められないんですか?」


 クルスさんの話に、私はそのように切り返す。すると、クルスさんは顔を曇らせて左右に振っていた。


「団長でないと最終的な決定権はない。俺ができるのは進言することまでだ」


 私に向けられたクルスさんの表情は、申し訳なさと悔しさにあふれているようだった。

 初対面である私に対してここまでしてくれるなんて、私の方が申し訳なく思ってしまう。

 しばらくすると、アーバンさんが二人ほど連れて戻ってきた。


「自警団の鑑定士を連れてきた。さっきの話が本当なら、結果には正確さが欲しいところなんでな、こうやって二人連れてきたってわけだ」


 私の正面に並ぶ三人。

 あまりにも物々しい雰囲気に、私はごくりと息を飲んでしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る