第8話 森を出る
「私も一緒に行きます」
翌朝、私は覚悟を決めた。
元々宿屋を手伝っていた町娘なんだから、一人で誰ともかかわらずに生きてくなんてやっぱり無理。
クルスさんに同行して町に向かうことに決めた。
「そうか。……それにしてもだいぶ雰囲気が違うな」
「えへへ、そうでしょう」
クルスさんが驚くのも無理はない。
普段は後ろに下ろしてストレートになっている髪を、左側にある角に巻き付けるように結ってある。それと、家の中にあったローブを羽織っている。これでクルスさんが言った通りに、頭を隠すことができる。
まあ、ローブの下はいつものメイド服なんだけど。
それから、私が不在になる間は、家の中の状態を保つように魔導書にお願いしておいた。この家を見つけた私を主として認定してくれているみたいだから、頷くように本を前後に揺らしていたのが印象的だった。
家の中の魔導書たちに手を振って、私はクルスさんと一緒に家を出る。薬草の採取やご飯の確保以外では、あの家に住むようになってから初めての遠出となった。
クルスさんの足取りはまったく迷いがない。魔導書に見せてもらった地図が、すっかり頭の中に入ってしまっているみたいだ。
クルスさんが示した町の名前は、私の知っている町の名前ではなかった。私が住んでいた町の話を聞いてみたいけれど、よその人間に分かるのかも分からないし、現状がどうなっているのか聞くのも怖い。
私はただ、メイドとして調理などの雑用をこなしていた。
そうやってクルスさんと旅をすること六日間、ようやく目的地となる町に到着したのだった。
「ようやく帰ってこれたな。門番と話をしてくるので、ちょっと待っていてほしい」
「分かりました。お気をつけて」
簡単に会話をすると、クルスさんは門番のところに向かい、なにやら話をしている。時折私を見ているのが気になるかな。
しばらくするとクルスさんが戻ってくる。
「すまなかったな、中に入るぞ」
「は、はい」
クルスさんが呼ぶので、私は慌てて駆け寄っていく。
門を通ろうとすると、門番に声を掛けられて何かを手渡される。
「これは?」
「この街に入るための手形だな。本来なら面倒な手続きが必要なんだが、クルスがどうしてもっていうから急ごしらえだが作ったんだ。まったく、感謝してくれよな」
「……はい」
面倒くさそうに説明する門番の姿に、私は笑顔で返事をしていた。
「まったく、可愛い嬢ちゃんだな。羨ましいぜ、クルス」
「何を言ってるんだ。俺を助けてくれたただの恩人だぞ」
「くっ、言ってくれるな、このイケメンが」
門番が妬ましそうに、クルスさんの肩を叩きながら恨み節をこぼしていた。
「助けたのは事実ですけれど、それだけですからね」
私は恥ずかしそうに言い訳をすると、クルスさんと一緒に町の中へと入っていった。
「ここがマシュローの街だな。俺の生まれ育った町だ」
「そうなんですね。クルスさんはこの町で何をなさっているのですか?」
ほぼ無表情で説明をするクルスさんに、何も考えずに質問をする。
「俺はこの辺り一帯を治める領主の親戚で、この町の自警団の副団長をしているんだ」
「副団長……。団長さんではないのですね」
「ああ、年齢的な関係でな」
「そうなんですね」
何気ない会話をしながら、私はクルスさんと一緒に町の中を歩いていく。すれ違う人たちからは、ちらちらと視線を向けられているけれど、まさか気付かれたのだろうか。
私はローブのフードを深くかぶり直す。
「心配ない。俺が女性を連れているのが珍しくて見てるだけだ」
「えっ、クルスさんモテそうなのに……」
説明をされて、その意外さに驚いてしまう。
顔立ちが整っている男性なんて、それこそ女性が言い寄ってきそうな気がしたんだもの。
「何を笑ってるんだよ。さすがに不愉快になってくるぞ」
「あれ、私笑ってましたか?」
「ああ、思い切りな」
ものすごく不機嫌な顔を向けられたけれど、どうやら私は笑ってしまっていたらしい。
私は頬を指で引っ張ったりほぐしたりと、表情を崩していた。
しばらく歩いていると、クルスさんはある建物の前で止まった。看板が掲げられているようだけど、町娘時代のおかげで文字がちゃんと読める。
「マシュロー自警団……。ここが自警団の建物ですか」
「お、さすがに本を読むだけあってきちんと読めるか。その通り、ここが俺の職場だ」
自警団の建物の前で立ち尽くす私とクルスさん。しばらくそのまま建物を眺めていると、中から鎧を着た人が出てきた。クルスさんを見つけるといきなり走り出してくる。
「クルス、お前無事だったのか。なかなか戻ってこないから心配したぞ」
そのままクルスさんに抱きつくと、心配していたことを口に出していた。
「悪い。森の中で魔物に襲われて気を失っていたらしい。そこのお嬢さんが助けてくれたんだ」
「お嬢さん?」
クルスさんが私の方を見るものだから、兵士も必死になって私を見てくる。
あまりにも必死なものだから、私はついフードを深くかぶって顔を隠してしまった。
「詳しい話は中でしよう。会議室は今空いているか?」
「ああ、空いてるぜ。俺が案内してやるからついて来いよ」
クルスさんの同僚の案内で、私たちは自警団の詰所へと入っていくのだった。
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