第7話 夜が明けて
翌日、私が目を覚ますと、家の外から声が聞こえてくる。
(あれ、誰かいたっけかな……)
目をこすりながら、ベッドから体を起こす。
大きく伸びをすると、近くのハンガーに掛けておいたメイド服を手に取って着替える。
魔族になってからはずっとメイド服だったので、やっぱりこの服が一番落ち着くというもの。
私はメイド服に着替えると、厨房に向かって料理を始める。
さすがに毎日同じものでは飽きてしまうけれど、手に入る食材が偏ってしまうので仕方がないかな。とはいっても、朝から大ぶり肉のステーキはどうかなと思う。
料理がそろそろできるかなと思ったその時、不意に家の扉が開く音がする。
(えっ、誰か入ってきた)
驚きで体が固まってしまう。
くるりと振り向くと、すっと誰かの影が見えた。
「だ、誰ですか!」
私は肉を焼くのに使っていた串を厨房の入口に向ける。
「おっとすまない。驚かせるつもりはなかったんだ。いいにおいがしたのでな」
「えっと……、クルスさんでしたね」
「おい、まさか忘れてたのか?」
「あ、いえ、そんな……、はい」
クルスさんに大きな声で言われてごまかそうとしたものの、私はつい認めてしまった。嘘つくの嫌なんだもの。
だけど、クルスさんは私を怒ることもなく、髪の毛をかき上げながらため息をついていた。どうしたというのだろう。
「まぁ、忘れたくなる気持ちも分からなくはない。俺はいきなり君に剣を突きつけたんだからな。まったく、魔族とはいえ、命の恩人になんて事をしたんだ……」
どうやら昨日のことを言っているようだった。
ところが、思い出そうとする私の鼻を、妙なにおいが遮ってきた。
「ああ、いけない。焦げてるぅっ!」
私は慌てて平鍋を火から外す。
「ほっ……。よかった焦げてない」
お皿に盛りつけた肉を見て、表も裏も大丈夫なことを確認する。さすがは魔物の肉、簡単には焦げなかったようだ。
私がお肉が無事だったことを確認して後ろを振り返ると、そこではクルスさんが呆然とした様子で立っていた。
「えっと、クルスさん?」
「あ、いや、すまない。俺が話し掛けたせいで食事をダメにするところだったようだな。悪かった」
また私に頭を下げて謝ってくる。見ている限り、とてもまじめな性格なのだろうと思われる。
怒るつもりはないんだけれど、ここまで誠意をもって謝られてはどうしたものかと困ってしまう。
「い、いえ。私もクルスさんの事を忘れていたのでおあいこですよ。今から食事を用意しますので、そこに座って待っていて下さい」
クルスさんを座らせると、私は切った肉をもう一枚焼き始める。森の中で採れた胡椒だけのシンプルな味付けの肉だけど、クルスさんは大丈夫なのだろうかな。
だけど、そんな心配はする必要がなかったみたい。いざ支度が終わると、黙って黙々と食べていたもの。
そして、食事が終わる同時に、クルスさんは私にひとつ提案を出してきた。
「どうだろうか。君がよければ、俺と一緒に町まで来てほしい」
「えっ?」
思わず驚いて固まってしまう。唐突に町に来て欲しいなんて、どういうことなのだろうか。
「理由としてはいろいろあるかな。確かに魔族ということは心配だろう。なので、変装をしてもらう必要はある。対魔族の専門職が相手でなければ、角を見られなければごまかせるだろう」
クルスさんの説明に、私はふむふむと頷いて話を聞いている。
「俺が町に戻ることは当然だけど、君もここでずっとひっそりと暮らすわけにもいかないだろう。町に出ればポーションは需要があるし、一人で暮らしていくのにも限度はあると思うんだ」
「うーん、言われてみればそうですね」
クルスさんに言われて、つい納得してしまう。私はそもそも宿屋を手伝っていたので、そのせいもあるのかもしれない。
「ポーションは鮮度が命。ちゃんと保存しないと長くは品質が保てないらしいです。だったらすぐに使える環境に置いておくのは、確かに当然ですね」
私は、人差し指を立てて考え込むような仕草をしながら話していた。
「そういうことだ。俺の衣服の状態からいって、かなりの深手を負っていたと思われる。それをたった一本のポーションで完全回復してしまったんだ。きっと売りに出せば飛ぶように売れるぞ」
「えっ、そんなにですか?」
私がクルスさんに使ったのは、魔力を調節して作った下級ポーションだ。そこまでの性能があるとはとても思えない。
でも、クルスさんのケガが完全回復したのは事実だった。そのせいで、私はなかなか決断ができずにいた。
「アイラは俺の命の恩人だ。町に行っても君のことは守ってみせる。どうだろうか」
クルスさんは強く私に迫ってくる。でも、私にはまだ決心するだけの覚悟はなかった。
「ごめんなさい。せめて、もう一日くらい考えさせて下さい。ようやくここでの生活が落ち着いてきたところですから」
私はとりあえず決断を先延ばしにした。話した内容は嘘ではないけれど、すぐに決断ができないのも事実。
私の表情を見ていたクルスさんは、どうやら納得してくれたようだった。
「分かった、明日だな。どちらにしても俺は町に戻らないといけない。帰り道は把握したから、明日になったらここを出ていくよ」
食事を終えたクルスさんは、そうとだけ言い残すと再び外へと向かっていった。
部屋に残った私は、空になったお皿を見つめながらしばらくその場を動けずにいたのだった。
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