三
さて、このあとはどうしようかと、透明化したまま1階から3階まで廊下をぶらぶらしてみた。アデールに怒られたくないから。
幸いにして深夜のお散歩は何も起こらず、無事に三階に戻って、ふと中庭に面した窓から外を見る。すると、あんなに強かった雨も風も、もうすっかり大人しくなっていた。ついでに空も少し白んできている。夜明けが近い。
こうなれば、ゲーム中では最終フェイズなのである。
謎を解くために館中を調べて回ったニコラとレオニダは、嵐が収まったと見るや、すぐに脱出の準備を始める流れなのだ。
同時に、このフェイズになるとワイトになったティーノの襲撃頻度が格段に上がる。そしてニコラはレオニダの尊い犠牲のもとに、この呪われた島からの脱出にどうにかこうにか成功するのだ。
ニコラがグラツィアをそそのかしてなかったら、誰も死んでないんだよな。ひどいマッチポンプホラーだぜ。
それはそれとして、執拗に襲撃を仕掛けるはずのティーノ・アモローソ伯爵は俺であり、そして俺は
このまま隠れて日の当たらない部屋を構築すれば、いずれ元に戻れるかもしれないという希望を持っている。
希望を持っていなくても、モンスターだからと言ってわざわざ人間を襲撃するなんてナンセンスだ。新しいアンデッドモンスターは人を襲わない道を模索するべきなのだ。
見たまえ、中庭で談笑する腹黒爽やかイケメン主人公のニコラと、なにも知らないイケオジのレオニダのあの笑顔を!
俺があれをぶち壊したら、一部の女性ファンから批難されることは間違いない。もしかしたら、殺されちゃう可能性だってある。だから、このまま三階から彼らを眺めているのも一興。彼らがゲーム通りにこのまま桟橋を目指してくれれば、万々歳なのである。
ちなみに主人公のニコラは他の生存者たちやアデールを放ったらかしにして、一人で島の外へ逃げちゃったりするなかなかアレな人だったりするが、そこはチープなゲームだったから気にしない。
「ご機嫌麗しゅう、ティーノ・アモローソ様」
「ひゅ」
背後から声がして、びっくりして変な声が出てしまった。そしてパキパキと音を立てながらゆっくり振り返る。
するとそこには、素敵な笑顔の美人さん、アデールさんがいるではありませんか。
「えっと、何か御用ですか?」
「仕事」
「え?」
「しごと」
「は?」
「SHI・GO・TO」
「ははは、アデールさんたらやだなあ。ほら、ちゃんとやってますよ。二人を生暖かい目で見守るお仕事を。あ、目はありませんけどね、あははははー……、うわあお、パワフルぅー……あ、ちょっとやめて、触らないで、ほら、触るとセクハラになっちゃいますから。やめて、やめてったら、キャー、本当に、まじで、だめ、だめだから。いや、セクハラ反対!」
「よいしょー」
「あーれー」
アデールさん、なんと拳で窓枠ごと窓を破壊して、そしてあろうことか俺を担ぎ上げて中庭に放り投げたのだ。見事な飛行機投げである。いや、肩車だったのかな? スローモーションで落下する景色を眺めて、そんなことを思う。
だが、落下はいつか終わるものだ。中庭に落とされたんだから。
頭から着地した瞬間、ドスン! とびっくりするぐらいの音が出て、とんでもない衝撃が俺の体を襲う。でも全然痛くないし、ピンピンしてる。むっちゃ元気。
「ニコラくん、ここは私に任せて逃げるんだ!」
「でも、レオニダさん!」
「いいから行け! 君がいたら足手まといなんだよ!」
「く!」
目の前でそんな光景が繰り広げられて、ニコラが中庭から去っていく。お前、グラツィアはどうした。
それにしてもレオニダさん、セリフもイケメンだなあ。
などと、見入っている場合ではない。
レオニダの神聖術レイクリッド・レイは単発の威力は弱いものの、それでも俺の体を削ることができるのだから、何度も喰らったらさすがに死んでしまうだろう。もう死んでるけど。
これが一度クリアした後の二周目以降の周回プレイだったら、ニコラが地下に封印されていた聖剣を引っこ抜いてティーノを倒すことができちゃったりするのだが、ニコラはもういないから大丈夫。
レオニダさんの腰にそれっぽい剣の
気のせいったら気のせいなんだ。
「神の
じゅっ!
「ひぃぃぃぃ」
もたもたしてたら体が削られてしまう!
「その力、我に与えたまえ!」
いや、やめて、聖剣抜いたらあかんて、だめだって。
ぶおんと音が鳴って、
それ、まずいって。俺の体、切れちゃうって。
再びぶおんと音が鳴り、レオニダがそれを振るう。
俺は慌てて後ずさり、目と鼻の先を聖剣がかすめていった。
だが、ほんの少しかすめただけなのに指がない!
恐い! 逃げたい!
しかし、逃げようにもアンデッドの宿命か、動きがのろい!
でも、冷静になって考えてみたら、離れたら襲ってこないんじゃないか?
無事に脱出することが目的なんだし。
よし、のろくてもいいから、確実に後ずさろう。
一歩、二歩、三歩……ぶおん
「ぎゃー、やーめーてー、こーろーさーれーるー」
俺が叫んだところで、レオニダには一切聞こえていないのだろう。その証拠に、お構いなしにぶおんぶおんと聖剣を振ってきて、俺の体を刻み始める。
なんか糸口を見つけないとやばい! このままだと死んでるけど死んじゃう!
そうだ、頭の斧だ!
頭に刺さってる斧の柄をむんずと掴み、聖剣に当ててみた!
一瞬で蒸発した!
こわ!
何かないか?
何かないか?
ゲームのティーノはどうしてた?
「あ」
そのとき、閃いた。
そうだ、あの手があったじゃないか。
俺は膝をぐっと曲げて、大きく、高く跳躍した。
大ジャンプ。
ティーノは危険になると、大ジャンプをして画面から消えるのだ。天井とかどうしてるのかと思うが、どこかで体を治して再びニコラに襲いかかってくる。
これだ、これで逃げられる!
見ろよ!
お
……あ。
じゅぅっ!
しばらくの暗闇の後、俺は目を覚ました。
どこかで見たことがある天井に、豪華なベッド。
大きな窓からは朝日が注ぎ込んでいる。
手はある。至って健康的な生身の人間の手が。
ガチャリ
ドアが開き、部屋に誰かが入ってきた。
視界の端で捉えたそれは、何度も見た、にこやかな顔だった。
「ご機嫌麗しゅう、ティーノ・アモローソ様。今日も元気に殺されましょう」
ああ、そうか。
ゲームの中に転生したということは、俺はこレカラ何回モ――
『ホラゲで最初に殺される悪役貴族に転生したけど、惨殺された後でした』 ― 完 ―
ホラゲで最初に殺される悪役貴族に転生したけど惨殺された後でした 津多 時ロウ @tsuda_jiro
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