二
「きゃあああああーー!」
悲鳴をあげた。俺が。
だって目の前にいたんだもん、奴らが。ニコラ・カルーゾ男爵とレオニダ・クリミ伯爵が。
主人公のニコラは別に大した力はない。主人公でイケメンというだけだ。
問題はレオニダの方だ。このチョビ髭ぴっちり七三分けモノクルのイケオジは、伯爵のくせに教会で
「神の
ほら来た来た来た来ましたよ、イケオジビームが!
その真っ直ぐ放たれた光は俺の脇腹をかすめて――
じゅっ!
ほあああ! 当たったらあかんやつやん!
ぎゃー、助けてえぇー、殺されるー!
やばいやばいやばいやばいやばいやばい!
逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ!
「セイクリッド・レイ!」
いやああああああああ、やめてええええええ!
そうだ! よく考えてみたら、俺、透明化できるじゃん! 透明化できちゃうキャラだったじゃん!
「ええっと、なんか透明化!」
うん、呪文は知らんけど、見えるところが透明になってるから成功したっぽい。
「逃がしたか」
「そうみたいですね」
あさっての方向からレオニダとニコラの声が聞こえてきたからもう安心だ。
今のうちにどこかに隠れてしまえば、もう問題ないだろう。主人公サイドからしてみれば、ティーノに捕まらないことが第一のはずなのだから。
そう考えて、俺は館の三階に上がった。
この館の構造は一階の半分と二階の半分が使用人や衛兵たちの居室兼仕事部屋、その残りの半分がゲストスペース、そして三階はティーノとその妻であるグラツィアのパーソナルスペースともいうべき場所になっていた。ちなみに館を上から見るとロの字になっていて、真ん中には中庭があったりする。
そして各階の廊下にも部屋にもたくさんの窓があって、つまり、太陽の光を浴びると燃え尽きてしまう可能性が高い俺にとっては、『朝が来たらおしまいハウス』とでもいうべき館なのだ。
ゲーム終盤ともなれば、この嵐は止んで雲が晴れ、何が何でも強制的にいいお天気になってしまう。だから、お日様の光が当たらない部屋に逃げ込むしかないのである。
そういうことで、俺は三階の各部屋に逃げ込んでみることにした。ちなみに方角は分からないから北向きの部屋に逃げるという選択肢はない。あのゲームがきちんと方角を決めていたかどうかも怪しいもんだ。
さて、まずは部屋の一つ目。腰にぶら下げた鍵束から鍵を選び、音を立てないように慎重にドアを開け閉めする。ここは特に使っていない部屋だが、一応、イスと机とベッドは置いてある。窓は大きいがカーテンは分厚そうだ。これなら、日中でもお日様の光を浴びなくて済むかもしれないし、鍵もきちんとかけたから、主人公グループも入ってこれないだろう。
カーテンを入念にチェックして、俺は久しぶりに横になった。
恐らく眠ることはできないだろうが、それでも動いているよりも、ずっと物音を立てる可能性が低くなるはずだ。
それからどれくらいの時間が経っただろうか。すっかり緩み切ったところで、ガチャリとドアが開き、鈴の鳴るような女性の声がした。
「ご機嫌麗しゅう、ティーノ様」
「きゃああああああああ! 鍵の意味いぃぃぃぃ!」
あの女だ。セーブ係のアデールがにこやかに入ってきやがった!
これには俺の干からびた心臓もびっくりして、口から飛び出てきてしまった。
「このようなところでお休みなっては困りますわ」
「と、言いますと?」
「単刀直入に申し上げて、仕事をしやがれ、ですわ」
「ひいぃぃぃ」
こ、恐い。なんなのこの人。暗闇で目が光ってるし。
「ほら、わかったらきびきび働く!」
「はいぃぃ、すんましぇぇん!」
いや、そうじゃないだろ。
なんであの人、俺がいる部屋が分かったの!?
たまたまじゃないか、偶然じゃないか、まぐれじゃないか。
しかしこの後、俺の予想が楽天的だったことを、思い知らされることになる。
ガチャリ
「ご機嫌麗しゅう」
「いやあぁぁぁ」
ガチャリ
「失礼します」
「やだあぁぁぁ」
ガチャリ
「こんなところに隠れていやがりましたか」
「えっちいぃぃぃ」
ガチャリ
「とっとと働け、この悪役貴族野郎」
「命だけはとらないでええぇぇ」
移動する部屋移動する部屋そのすべてにおいて、彼女はにこやかに侵入してきやがったのだ。
もはや三階で残る部屋はあそこしかない。美人妻グラツィアの私室しか。
本当はグラツィアとは会いたくないのだけど、この際、仕方がない。ゲーム中では恐怖にかられた招待客の一人に縛られて、パーティ会場の大広間に監禁されていたのだけど、いつの間にかそこから逃げ出して、いつの間にか死体になっていたのだっけ。
ついでに言うと、ティーノを殺したのも美人妻グラツィアだったりするので、何が起こるのか分からない。気絶どころか心臓が止まっちゃうかもしれない。個人的な恨みなど何もないが、美人妻グラツィアはどう思ってるか分からないし、そもそも彼女が誰にそそのかされてティーノの後頭部を斧でかち割ったのか、ゲーム内では明らかにされていなかったりする。そうなのだ。グラツィアは誰かに言われて犯行に及んだのだ。黒幕は分からないが、パーティ中は沢山いた使用人が、事件が起こると同時に一斉に消えてしまうようなゲームである。きっと種明かしイベントを入れ忘れてしまったのだろう。
だからといって、グラツィアと出くわして何かのイベントが起こる可能性は否定できない。しかし、余計なイベントは起こさないに限る。
だが、だがしかし、アデールは恐い。
ゆえに俺はグラツィアの私室に隠れてみた。アデールにすぐに見つからないよう、クローゼットの中に潜んでみた。
カチャ
隠れてからしばらくすると、ドアの鍵が開いた音がした。
ガチャリ
すぐにドアが開き、二人分の足音が部屋に入ってくる。
「私、恐いわ」
これは……グラツィアの声!
とすると、もう一人は誰なんだ?
「大丈夫さ、グラツィア。僕が守ってあげるから」
クローゼットの隙間から、そっと覗いたその先にいたのは……ニコラ!?
「ああ、頼もしい……」
「僕の言う通りに殺してくれたんだから当然のことさ。愛しいグラツィア」
「ああ、私のニコラ」
「おお、僕のグラツィア」
ええ? えええええ? ニコラが黒幕だったのぉぉぉ?
ゲームにはこんなシーン、なかったじゃん。
それに、俺の見ている前でちゅっちゅし始めちゃって許さん!
俺もグラツィアさんとちゅっちゅしたい人生だったのに!
ここはバーンとクローゼットを開けて襲いかかるべきか?
いやいや待て待て。
冷静になれ、俺。
せっかく隠れてやり過ごそうと思ったのに、そんな事をしたら台無しになってしまうじゃないか。
とりあえず目の前でちゅっちゅされるのは、眼球はないけど目に毒なので、透明化してこっそり部屋から出ることにした。
クローゼットの戸と部屋のドアを開けるときにそれなりに物音はしたけど、あの人たち盛り上がっちゃってて全然バレなかったよ。なんか切ないぜ……
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