08 守破離

「聚楽焼がええ」


「……いや父者、楽焼や」


 宗慶は父の宗易に向かって、今の世の中、なるべく短い名前の方が受けると言って憚らなかった。

 あれから。

 宗易は、長次郎が聚楽第の土を手で捏ねて、それで作って焼いた焼き物を気に入り、今ではすっかり、秀吉から拝領した天目を持たずに、本人言うところの「聚楽焼」を手にして歩くようになった。


「天目は宝物やから」


 ある日、秀吉から天目を携帯していないところを問われた宗易は、そう言って自宅に保管していることを示唆してかわした。

 それを聞いた秀吉に、のちにどのような目に遭わせられるかは、今の宗易に知る術はない。

 今、といえば、長次郎はその焼き物について、どのように呼ぶかは特に決めておらず、ただ「今焼」と呼んでいた。

 何でそのような呼び方かと問うと、


「今の焼き物だから」


と答えた。

 かなわんな、と宗慶は頭を掻いて、今焼いらんかいなと売りに出た。



 長次郎は土を捏ねている。

 宗慶は売り込みに行っている。

 今、工房には長次郎一人だ。

 目下、黒い色に焼成する今焼を、赤くできないか、赤くするとしたら、どのようなものがいいかを研究している。


「うーん……」


 そう呻吟する長次郎のうしろに、人の立つ気配があった。


「おう宗慶かい? そこの土、ちょっと取ってくれんか」


「……ええで」


 宗慶にしては野太い声に、長次郎は振り返った。


「……宗易どの」


「すまんの、邪魔しに来たわ」


 そして土を渡しながら、赤い器を作るんかいと聞いた。

 長次郎がそうだと答えると、宗易は破顔した。


「おンもろしろいやっちゃのう、ヌシは」


「……まあ、そう言われる」


 父の阿米也にも言われた。

 つまりはそういうことだろう。


「先人の言いつけを守るのはいい。いいけど、それを破って離れていかないと」


 それは先人でなくとも、おのれ自身についても言える。

 自分の決めたこと、考えたことであっても、それを破り、離れたところに行くことも大事。

 それこそが。


「守破離、や」


「…………」


 そしてまた、そうしてまた決めたことを破り、離れていくこともあろう。

 芸というのは、美というのは、その繰り返しなのだろう。

 宗易はそう思う。

 長次郎もそう思う。


「……面白いのう、芸は。美は」


「そうだな、宗易どの」


 長次郎は、できたできたと言って立ち上がり、そのまま窯へと向かった。

 宗易は黙ってそれを見送り、そして微笑んだ。



【了】

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守破離 四谷軒 @gyro

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