08 守破離
「聚楽焼がええ」
「……いや父者、楽焼や」
宗慶は父の宗易に向かって、今の世の中、なるべく短い名前の方が受けると言って憚らなかった。
あれから。
宗易は、長次郎が聚楽第の土を手で捏ねて、それで作って焼いた焼き物を気に入り、今ではすっかり、秀吉から拝領した天目を持たずに、本人言うところの「聚楽焼」を手にして歩くようになった。
「天目は宝物やから」
ある日、秀吉から天目を携帯していないところを問われた宗易は、そう言って自宅に保管していることを示唆して
それを聞いた秀吉に、のちにどのような目に遭わせられるかは、今の宗易に知る術はない。
今、といえば、長次郎はその焼き物について、どのように呼ぶかは特に決めておらず、ただ「今焼」と呼んでいた。
何でそのような呼び方かと問うと、
「今の焼き物だから」
と答えた。
かなわんな、と宗慶は頭を掻いて、今焼いらんかいなと売りに出た。
*
長次郎は土を捏ねている。
宗慶は売り込みに行っている。
今、工房には長次郎一人だ。
目下、黒い色に焼成する今焼を、赤くできないか、赤くするとしたら、どのようなものがいいかを研究している。
「うーん……」
そう呻吟する長次郎のうしろに、人の立つ気配があった。
「おう宗慶かい? そこの土、ちょっと取ってくれんか」
「……ええで」
宗慶にしては野太い声に、長次郎は振り返った。
「……宗易どの」
「すまんの、邪魔しに来たわ」
そして土を渡しながら、赤い器を作るんかいと聞いた。
長次郎がそうだと答えると、宗易は破顔した。
「おンもろしろいやっちゃのう、ヌシは」
「……まあ、そう言われる」
父の阿米也にも言われた。
つまりはそういうことだろう。
「先人の言いつけを守るのはいい。いいけど、それを破って離れていかないと」
それは先人でなくとも、おのれ自身についても言える。
自分の決めたこと、考えたことであっても、それを破り、離れたところに行くことも大事。
それこそが。
「守破離、や」
「…………」
そしてまた、そうしてまた決めたことを破り、離れていくこともあろう。
芸というのは、美というのは、その繰り返しなのだろう。
宗易はそう思う。
長次郎もそう思う。
「……面白いのう、芸は。美は」
「そうだな、宗易どの」
長次郎は、できたできたと言って立ち上がり、そのまま窯へと向かった。
宗易は黙ってそれを見送り、そして微笑んだ。
【了】
守破離 四谷軒 @gyro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます