07 侘び

 そうこうするうちに、聚楽第は落成した。

 豪奢かつ宏壮、京のみやこに広がるそれは、豊臣秀吉の天下人としての威風を示すにふさわしい建物だった。


「これはこれでええ、されど」


 千宗易は聚楽第の縄張りの中にやしきをかまえることになったが、素直に喜べなかった。

 天下人ならびに廷臣が立派な建物に居をかまえるのは、それ自体が為政。

 それはわかる。


「されど……わいは茶人や。関白秀吉の臣である前に」


 その認識が、やがて宗易自身の破滅につながるのだが、今の彼には知る由もない。


「茶人としては……こんな、綺羅きら綺羅きらしたもんばかり使うんは、どうなんや……」


 珠光以来の侘び茶。

 その後継者たる自負が、宗易にはある。

 侘び茶とは、唐物や名物といった茶器ではなく──そうではなく、そこらにあるような器を使って、そう──まるで無一物のような物で、茶をするものだ。

 宗易はおもむろに懐中から天目茶碗を取り出す。


「こないなもの……」


 昔、豊臣秀吉から褒美だと言って貰ったものだが、今となっては煩わしく感じる。

 普段使いに使っているところから、アレヨ、さすが天下の宗匠ヨと言われるが、別に度胸があるわけではない。

 秀吉が、そういう豪胆な真似を喜ぶから、やっているのだ。


「……何のことはない、わいもまた、わからないままでるようやないけ」


 しかも、長次郎のように藻搔いて、求めて、その上でやっているのではない。

 単に、それをするのが煩わしく思えるから、していないのだ。


「……ふ」


 宗易はおのれを憫笑した。

 なんだかんだ言って、師のつじげんさいではなく、その師の武野紹鴎たけのじょうおうのような茶をしている。


「守破離、か……」


 天目をたなごころにもてあそびながら、宗易はまだ木の香りのする、おのれの新たな邸に入った。

 誰もいない、無人の邸。

 無理もない。

 宗易自身、完成したから見て来いと言われてここにいる。

 ところが。


「オイヤ」


 邸の中の茶室から、二人の男がちょうど出てきた。


「あっ、父者」


 ひとりは──宗易の庶長子・田中宗慶である。

 そしてもうひとりは──


「長次郎!」


「宗易どの、これを見てくれ」


 咎める隙を与えず、それどころかそんなことすら認識していない早さで、長次郎は宗易の前に来た。


「……今、宗易どのの茶室で、これを使ってみた」


 新築の邸の、それも宗易が最も重視している茶室に勝手に入って、何を。

 何を使ってみたのか。


「どうぞ」


 長次郎は何か黒い塊を差し出してきた。

 不得要領な宗易は、それを受け取って、しげしげと眺めた。


「オイヤ」


 泉州言葉の間投詞。

 それがまた、宗易の口から洩れた。

 黒い塊は陶器で──茶器だった。

 黒い茶碗。

 それも、轆轤ろくろで作ったのではない。

 それは、このごつごつとした外観と手触りでわかる。


「手ぇか」


然様さよう


 長次郎は、聚楽第の土地から出た土を、おのれの手で捏ねた。

 轆轤ではなく。

 そうすることにより、土に全力でぶつかり、おのれの思い描くかたちへと、土くれを導いたのだ。

 そうしてできた土くれ、というか土の器に鉄釉をかけ、陰干しし、それを何度も何度も繰り返す。

 そして頃合いを見て窯で焼き、鉄釉が溶けたところで、窯から取り出す。

 すると、急に冷やされた釉薬は、黒色を帯びる。

 もって黒い茶碗ができる。


「それが」


 宗易は何度も何度もたなごころで、その黒い茶碗を転がす。


「これか」


 轆轤で整形していないから、お世辞にも綺麗とはいえない、ごつごつしたかたち。

 色や輝きも、たとえば天目茶碗のように、綺羅綺羅としていない。同じ黒でも、もっとくすんで、鈍い輝きを放っている。


「……しゃあけど」


 宗易は、その碗が手になじむのを感じていた。

 これは、やり易い。

 手に持って回したりする時、滑らず、止まらず。

 そんな肌をしていた。

 おそらく長次郎がその辺を考えながら捏ねたのであろう。


「……これはええ」


 何より、早速茶を点てたくなってきた。

 宗易は、矢も盾も止まらず、茶室へと這入はいった。

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2024年12月13日 05:00 毎日 05:00

守破離 四谷軒 @gyro

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