06 土

 その役人は朝の見回りで、いつかの顔を見た、と思った。


「お前は」


 たしか聚楽第を建てるために土地を整備して、そしてできた土を捨てた、土くれの山。

 それに顔を突っ込んでいた男だ。


「何だ何だ、また宗易どのに用事か」


「いやいや」


 その男は宗易なんかに用はないと言う。

 用事があるのは、この土くれだと。


これ……もらっても、かまわないか」


「そ、そりゃまあ、かまわんが」


 役人はまた長次郎が喚いたり怒鳴ったりするものだと構えていたが、どうやらちがうようで、ほっとした。


「じゃ」


 そんな役人の安堵など知らず、長次郎はもっこに土を入れ、一緒に来ていた宗慶とそれを担いで、えっほえっほと去って行った。


「気をつけろよ」


 何となく、そう言ってしまった役人の背後に、大きな影が立った。

 役人が振り向くと、そこには千宗易が。


「これは宗易さま。おはようござりまする」


「ああ、おはようさん」


 役人は、宗易が、前に怒鳴りつけた長次郎が徘徊していたのを見つけ、咎めに来たのかと思ったが、どうやらちがうようだ。


「……よろしいので?」


「何が? ……ああ、別に、かまへんかまへん。好きにさせちゃり」


 宗易は相好を崩しながら、言った。

 そう、宗易はどこか嬉しそうだった。



 一方で長次郎と宗慶は、宗易に見られていたとも知らずに、大急ぎで工房に戻って、それからひと息ついた。


「……ああ、疲れた」


「ほんま、かなわんわぁ」


 宗慶の愚痴は、全力疾走でもっこを運んだことではない。

 聚楽第の土を使うという、長次郎の案についてだった。


「……いくら父者をあっと言わせると言うて」


 その宗易のお膝元というべき、聚楽第のあたりの土を使うとは。


「……だから、いいんじゃないか」


 長次郎は犬歯を見せて、にやりと笑う。

 天下の宗匠相手の大勝負、しかけに余念はないのが一番。

 この世の楽を聚めて作る、聚楽第。

 その楽からこぼれた土を使う。

 聚楽第が絢爛豪華なら。

 こちらの茶器は、質素素朴。


「そういう茶器こそ、実は宗易どのの意にかなうと見た」


 あの時、長次郎が暴走した時。

 宗易は天目茶碗を使っていたが、どこか不満げだった。

 いらいらしていた。

 その時は長次郎に対する不満だと思ったが。


「宗易どのも……たぶん、おれと同じく、何かに取り憑かれているんだ」


 天下一の茶匠と言われても。

 まだ満足せず、それどころか足りないと思える、飢えが。


「……おれが、作ってやる」


 わからないままでいろと言われて、そのままでいられる宗易ではない。

 だから宗易は、それを長次郎に言った。

 おのれの飢えに向き合え、何かを求め、手にしてみろと。


「……そういうのこそ、何だ、宗慶……宗易どのが常々言われている、アレだ、ほれアレだ」


 ああ、と宗慶はうなずいた。

 そういえば宗慶自身も家を出る時、言われた言葉だった。


「守破離……先人の決めたことを守り、やがてそれを破り、離れたおのれの決まりを作る……そないな意味やったか」


「そう、それだ」


 長次郎はもっこの中に手を突っ込み、つかみ出した土を、食べた。


「お、おい」


「安心しろ、本当に食わん……うん、この味だ。うまく、おれの求める何かになりそうな、この味だ」


 ぺっと土を吐き出し、長次郎は作陶に入った。

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