05 宗慶

 それからの長次郎は、仕事に精を出した。

 事情を知る宗慶などは、ますますやる気をなくすのではないかとはらはらしたが、案に相違して、長次郎は黙々と注文通りに彩色の瓦を仕上げ、そして宗慶はそれらを納品し新たに注文を取った。

 ある日宗慶がそのことを宗易に言うと、宗易は微笑んだ。


「……しばらく、そのまましておいてやってや」


「はあ」


 不得要領な宗慶が工房に帰ると、長次郎はいくつかの陶器をためつすがめつ眺めていた。


「何しとるんや」


「いや」


 長次郎は知識として知っていた陶器を、最近の仕事で多少は豊かになった懐から金銭を出して買った、と言った。


「……それは、何で」


 宗慶は、長次郎が宗易から叱責され、真面目な瓦職人に戻ったのかと思っていた。

 ところが、これはどうだ。

 瓦ではなく、茶器──というか器があった。果ては庶民用の土器かわらけまで買い集めている。


「……こんだけ集めりゃ、いいだろう」


 さすがに南蛮や唐天竺のは無理だが、と長次郎は断りを入れて、器を割り、壊し始めた。


「お……おいッ」


「何だ」


「何だ、やない! もったいないわ、こないに立派な器を……土器はええけど」


 商人の子である宗慶としては、金銭を捨てているようなものである。

 されど長次郎は頓着せず、器を割り、その割れ目を見たり、割れ具合を他の器と比べたりしている。


「……ほお、中はこうなっているのか」


「何がこうなっている、や! やめい! せっかく稼いだ銭を」


「おれが稼いだ銭だ。お前の取り分は使ってない」


 長次郎は、工房の窯の脇の小さな壺を指し示した。

 それは、工房の金銭の貯金壺だった。

 宗慶は歎息した。

 そこまで言い切る以上、宗慶の取り分は一銭も触っていないのだろう。

 そして。


「そうまで稼いだ銭を使つごうて……器ァ集めて……壊して……どないするんや?」


「……知りたいんだ」


 長次郎は、ぽつりと言った。


「知りたいとは」


「土で作るもののこと。今まで、作られたもののこと」


 それを知れば、おのれのわからないものが何か、わかるかもしれない。

 宗慶は長次郎の言葉を聞き、それでは父・宗易に言われた「わからないままでいなされ」に反するのではないか、と思った。


「そうだ」


「そうだ……って」


 宗慶の父・宗易は関白豊臣秀吉の、いわば文化外交財政面での大臣というべき立場にある。特に文化面では、宰相といっていい。

 その宗易の言に逆らって、陶工の技を為すということは、ある意味、天下に反することをするということだ。


「いや、最初は宗易どのの言うとおりにしようと思ったよ」


 言うとおりに「わからないまま」でいよう、今までどおり、たとえ大陸の華南三彩に押されても、長次郎なりの瓦を作っていこうとした。


「でもな」


 また、鬱勃たる何かが己の裡に湧き上がってきたという。

 何かちがうものが作りたい。

 今までにないものが。

 そういう想いが、長次郎を突き動かした。

 そうすると、宗易の言いつけが、何だかくだらないものに思えた。


「むしろ、あんな風に言われたからこそ、逆に宗易どのを見返すような、そんな何かを作りたく思ったよ」


 でも今度は暴走して聚楽第の建築現場に突っ込むような真似はしない。

 もっと、慎重に。

 もっと、しなやかに。


「そうだ……茶器がいい」


 天下の茶頭、千宗易をあっと言わせるには、それがいい。

 そういう陶器を作ってこそ、わからないままでいろと言われた相手を、見返すことができる。


「だから、この世のありとあらゆる器のことを、見直している」


 手に入れられるものは、手に入れて。

 手に入れられないものは、知識を。

 そうすることにより。


「今までにない器ができる」


「……そうか」


 宗慶は手を打った。

 だから、器だったのか。

 瓦ではなく。

 千宗易をあっと言わせるために。

 これは、楽しくなってきた。

 今や、天下に並ぶものなき茶頭、千宗易。

 その宗易──宗慶の父を、出し抜いたり、あっと言わせようとする者はなくなった。

 ……かと思われたが。


「長次郎はん、あんたはんがそれをやるとはなぁ」


 宗慶とて、父・宗易を超えたいと思っている。

 茶では無理だが、陶器ならと。


「……よっしゃ、そうと決めたら、わいの稼ぎを使い」


 宗慶は貯金壺を長次郎に差し出した。


「……いいのか」


「ええんや」


 それだけではない。

 宗慶自身もまた、長次郎に合力するという。


「これでも千宗易の息子や。父者に付き添って、いろいろと南蛮の器も見とるでぇ」


 はっしと手と手を取り合う、長次郎と宗慶。

 千宗易──利休をあっと言わせるために。

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