04 宗易

せがれと行き合いましてな」


 宗易は聚楽第の建築現場近くの、組立式の茶室に長次郎を案内した。

 宗易が言うには、庶子の宗慶が先刻ここに飛び込んできて、「長次郎が役人にしばかれとる」とわめいた。

 それを聞いた宗易が宗慶を伴って駆けつけると、土くれに顔を突っ込んだ長次郎を見つけた。

 どうやら役人も、関白秀吉の居所となる予定の地を、血で汚すことは憚られたらしく、切り捨てることはしなかったらしい。


「よっしゃ。ほンなら、任しとき」


 宗易は宗慶を先に工房へ帰した。

 こういう時、同僚の兄弟弟子に見られることほど、恥ずかしいものはない。

 それに、かねてから宗易も、長次郎の「悩み」を宗慶から伝え聞いており、感ずるものがあったため、この際だからそれを直に聞いてみようと思ったからである。



「何かないか、なぁ……」


 宗易は両袖に手を突っ込んで腕を組み、そして首をかしげた。

 その大仰な動作は、大男の宗易がやると、様になる。

 本気で悩んでいるように見えるし、何より、間が生まれる。

 このあたり、茶人というか商人としての生きるすべなんだろうなと長次郎は思う。


「さて」


 気がついたように宗易は茶を出した。

 その碗は、天目。

 大陸産で、かなりの値打ちものと見た。


「……おっと。これは、今の長次郎はんには、目ェの毒やったな」


「……いえ」


 さすがに、気に入らんといって、人の、それも兄弟弟子の親の碗を割るほどの血の気はない。

 あったとしても、先ほどの土くれの山の中に置いてきた。


「ほンで」


 宗易は、叫んで走って、土くれに顔面を突っ込んで、何かわかったかと聞いた。

 わからない。

 わかるわけがない。

 だから今も、いらいらしている。


「ふゥむ」


 宗易は鼻から息を出した。


「ほンなら、わからないままでいなされ」


「……は?」


「わからないままでいなされ、言うたんや。聞こえへんか」


 見ると宗易も何かいらいらしているようだった。


「……そうやって、いつまでン、ぐじぐじされとると、見とるこちらもむかつく。倅(宗慶)の弟子入り先やから遠慮しとったけど、この聚楽第ィ建てるところまで来てェ、ホンマ迷惑やわ」


 はぁつまらんつまらんと、宗易はさっさと空になった天目茶碗を長次郎の手から奪い返し、しまい始めた。


「なっ……」


 長次郎は唖然としたが、次の瞬間、自分が何も言えないことに、気がついた。

 たしかに宗易の言うとおりだ。

 いくら息子の弟子入り先の、兄弟弟子だからといって、ああだこうだ仕事の──陶工の悩みを語られても、知ったことかというところだろう。

 それに、これも今気がついたが、これではまるで、長次郎が宗易に、「何か思案の助けを呉れ」と言っているみたいだ。

 そういう──わざとらしさは、宗易の最も嫌うところだという。


「ほれほれ」


 しっしっと手振りまでしてくる。

 だが何も言えない。

 本来なら、役人に突き出されても文句の言えないところを、こうして茶室の客として遇してくれたことが、宗易の情なのだ。なら、その宗易から「帰れ」と言われれば、帰らざるを得ない。


「……失礼いたします」


 長次郎は、それだけがおのれのできる、最大限の誠意だとして、精一杯の一礼をして、辞した。

 悄然として去る長次郎。

 その背を見て宗易はひとつため息をして、それから茶室の片付けに入った。

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