04 宗易
「
宗易は聚楽第の建築現場近くの、組立式の茶室に長次郎を案内した。
宗易が言うには、庶子の宗慶が先刻ここに飛び込んできて、「長次郎が役人にしばかれとる」と
それを聞いた宗易が宗慶を伴って駆けつけると、土くれに顔を突っ込んだ長次郎を見つけた。
どうやら役人も、関白秀吉の居所となる予定の地を、血で汚すことは憚られたらしく、切り捨てることはしなかったらしい。
「よっしゃ。ほンなら、任しとき」
宗易は宗慶を先に工房へ帰した。
こういう時、同僚の兄弟弟子に見られることほど、恥ずかしいものはない。
それに、かねてから宗易も、長次郎の「悩み」を宗慶から伝え聞いており、感ずるものがあったため、この際だからそれを直に聞いてみようと思ったからである。
*
「何かないか、なぁ……」
宗易は両袖に手を突っ込んで腕を組み、そして首をかしげた。
その大仰な動作は、大男の宗易がやると、様になる。
本気で悩んでいるように見えるし、何より、間が生まれる。
このあたり、茶人というか商人としての生きる
「さて」
気がついたように宗易は茶を出した。
その碗は、天目。
大陸産で、かなりの値打ちものと見た。
「……おっと。これは、今の長次郎はんには、目ェの毒やったな」
「……いえ」
さすがに、気に入らんといって、人の、それも兄弟弟子の親の碗を割るほどの血の気はない。
あったとしても、先ほどの土くれの山の中に置いてきた。
「ほンで」
宗易は、叫んで走って、土くれに顔面を突っ込んで、何かわかったかと聞いた。
わからない。
わかるわけがない。
だから今も、いらいらしている。
「ふゥむ」
宗易は鼻から息を出した。
「ほンなら、わからないままでいなされ」
「……は?」
「わからないままでいなされ、言うたんや。聞こえへんか」
見ると宗易も何かいらいらしているようだった。
「……そうやって、いつまでン、ぐじぐじされとると、見とるこちらもむかつく。倅(宗慶)の弟子入り先やから遠慮しとったけど、この聚楽第ィ建てるところまで来てェ、ホンマ迷惑やわ」
はぁつまらんつまらんと、宗易はさっさと空になった天目茶碗を長次郎の手から奪い返し、しまい始めた。
「なっ……」
長次郎は唖然としたが、次の瞬間、自分が何も言えないことに、気がついた。
たしかに宗易の言うとおりだ。
いくら息子の弟子入り先の、兄弟弟子だからといって、ああだこうだ仕事の──陶工の悩みを語られても、知ったことかというところだろう。
それに、これも今気がついたが、これではまるで、長次郎が宗易に、「何か思案の助けを呉れ」と言っているみたいだ。
そういう──わざとらしさは、宗易の最も嫌うところだという。
「ほれほれ」
しっしっと手振りまでしてくる。
だが何も言えない。
本来なら、役人に突き出されても文句の言えないところを、こうして茶室の客として遇してくれたことが、宗易の情なのだ。なら、その宗易から「帰れ」と言われれば、帰らざるを得ない。
「……失礼いたします」
長次郎は、それだけがおのれのできる、最大限の誠意だとして、精一杯の一礼をして、辞した。
悄然として去る長次郎。
その背を見て宗易はひとつため息をして、それから茶室の片付けに入った。
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