第18話 大地との一体化である

 長い遭難生活の果てにようやく発見した村は、妙に血の気の多い村だった。

 なにもしてないのに、いきなり村人総出で襲い掛かってきたのだ。

 恐ろしい。

 私はただ、全身泥まみれの姿で魔物の生肉を食べ、それから斧を担いで畑に飛び込んだだけなのに。


 うん。分かってる。冷静に考えると化物です。

 でも仕方ないでしょ。冷静になれるわけないでしょ。

 久しぶりに他人と会ったんだから。


 一度トラブルになった以上、村から離れるべきだろう。

 でも、すぐに別の村に辿り着けるとは限らない。

 私は方向音痴だから、迷子になる可能性だってある。

 また何ヶ月もひとりぼっちになのは嫌だ。

 だから私は村の近くに潜伏し続けた。


 村に受け入れてもらうためのナイスな方法がないか、何日も考え抜いた。

 泥だらけでは化物扱い。けれど泥を落とすと肌を見られる。

 そして導き出した結論は……もっと泥だらけになって地面と完全に一体化する!


 夜中のうちに水魔法で村の地面の一部をドロドロにし、そこに寝そべって、ぐるんぐるんと回転。

 私はもはや人間としての原形が分からないくらいの分厚い泥パックで覆われた。

 大地との一体化である。


 次の日の朝。

 外に出てきた村人たちは、私が寝そべっていることにまるで気づかない。

 畑仕事に向かったり、洗濯をしたり、談笑したり。

 ああ、生活の息吹を感じる。

 私は大勢に囲まれているんだ。自分以外にも人間がいるって幸せだなぁ。


 ずっとこうしていたい。

 私は地母神となって、この村を見守っていくんだ……。

 いや、違うぞ。思考が人間っぽくなくなってきたぞ。

 改めて冷静になれ、私。


 化物扱いされることなく村に侵入するのには成功した。

 では、なんのために人里を探していたかといえば、人間らしい暮らしを求めていたからだ。屋根のある場所で寝起きし、穴の空いていない服を着て、火の通ったものを食べたかった。

 今の私は人間らしいだろうか?

 土に埋もれ、息を潜めて、何時間もじっとし、村人たちの生活を観察する――。

 日本だったら新手の妖怪扱いされるな……。


 いかん。早く軌道修正しないと手遅れになる。

 でも、今からババーンと飛び出したら、前より激しく化物扱いされそう。

 一度、村から出て、奇をてらわずに登場するしかないか。

 ビーチクを見られるかもしれないけど、そこは我慢するしかないよね。


 などと私が考えていたら、村の外から謎の五人組がやってきた。

 私は何日もこの村を見ていたけど、この五人は知らないぞ。

 剣とか槍とかで武装している。何者だろう。さては盗賊か! ここで颯爽と盗賊をやっつけたら村は私を受け入れてくれるかな?


「おお、冒険者のみなさん、よく来てくださいました。村の近くに化物が居座っているかと思うと夜も眠れなくて……」


 あっぶね。盗賊じゃなくて私を討伐しに来た冒険者パーティーだった。

 それを返り討ちにしたら村どころか冒険者ギルドから目の仇にされるじゃん。


 冒険者たちは私を狩るため、森に入っていく。

 討伐対象がここで寝そべっているとも知らずに……。


 それにしても、本物の冒険者パーティーかぁ。冒険者に憧れる寝たきり少女だった私としては、冒険者を前にすると胸がトキメク。


 いや、私の婚約者のハロルド様も冒険者だけどね。あの人は剣聖という強々ギフトを持っていたので、普通の冒険者とは違うのよ。国王から名指しで仕事が回ってくるらしいし。


 やっぱ冒険者ってのは冒険者ギルドで仕事を受注して「ゴブリンの討伐なんて楽勝だぜ!」とかイキって、予想外に苦戦して、それを仲間と力を合わせてなんとか切り抜けて、町に帰ってエールで乾杯、って感じじゃないとね。

 私はベッドでそういう冒険譚を読みあさって、心を躍らせていたものだ。


 まあ、他人の苦労話だから楽しめるんだけど。エアコンが効いた部屋で甲子園を見てるようなものよ。

 自分がやるんだったらチート能力マシマシで無双がいい。


 そういえば今の私って、かなりチートじゃない?

 転生してるし。聖女だし。かなり強いと思う。

 なのに、いまいちチート無双感が薄いのはなぜだろう……きっと褒めてくれる人がいないからだ!

 そして客観的に考えて、褒めてもらえる状態じゃない!

 今の私が「私なにかやっちゃいました?」とか言ったら「マジでなにやってるんだよ!」と怒鳴られそう。いや、怒鳴られるだけじゃ済まないね。タマ狙われるね。


 村人が寝静まるまで大人しくしているべきだ。

 でも、冒険者たちの活動を見るために追いかけたい。

 なので私はミミズのように這いずって移動する。だるまさんが転んだの如く、みんなが見ていない隙に動けば大丈夫のはずだ。


「おい、あそこの地面、動いてないか!?」

「きっと巨大なモグラがいるのよ!」

「地中にも化物がいるのか……!」


 いかん。バレた。こうなったら人目を気にせず走る。


「うわぁぁぁ、泥の化物が飛び出してきたぁぁぁ!」

「気持ち悪いよママァァァァァッ!」


 怯えられた。

 でも他人の反応があるだけで嬉しいなぁ。

 あれ……私、もしかして病んでる?

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