第2話 『実績:邪教徒を撲殺』を達成しました
神言のスキル。それ自体は本で読んだことがある。声というか、文字というか、とにかく情報が頭の中に流れ込んでくる。経験するのは初めてで、いきなりのことに驚いたけど、そういうものがあると知っていたから、それでうろたえたりはしない。
私が今うろたえているのは、別の理由。
神言とは別のなにかが降り注いでくる……いや湧き上がってくる?
地球。日本。OL。残業。終電。トラック。信号無視。
私が知っているものとは明らかに異なる文明。
見たことがないはずの景色。
私はそれらを知っている。
私の記憶……私の前世の記憶。ああ、そうだ。私はこことは別の世界で会社員として働いていて、トラックに轢かれたんだ。
あのスピードなら即死だったはず。
なのに私はこうして生きている。
ここは日本じゃない。地球ですらない。魔法や魔物が実在するファンタジーな世界。
私は異世界転生していたのだ。
十歳にして、ようやくそれを自覚した。
「くそ、しぶとい奴め……お前の魔力は無限か? もういい、一思いに殺してやる。死ねば回復もなにもないだろう!」
私を刺しまくるのに飽きたらしく、邪教徒は心臓にナイフを突き立ててきた。
目の前が真っ暗になる。知っている。トラックに轢かれた直後もこうだった。これが死。
《死亡を確認。自働蘇生を実行します》
また視界が戻ってきた。
邪教徒が目を見開いて驚いている。
「ナイフが押し戻されて、傷が塞がった……? 馬鹿な! 心臓を貫いたんだぞ……これでは回復ではなく蘇生じゃないか! そんなはずはない! くそ、死ね、死ね!」
《死亡を確認。自働蘇生を実行します》
何度刺されても、何度でも蘇生する。
彼の目には、私が不死身の化物に映っているのだろう。
けれど違う。不死身ではない。自働蘇生はあくまで魔法だから、私の魔力が尽きたらそれまでだ。
蘇るたびに魔力が一気に減っているのを実感する。
次に蘇生したら、おそらくそれが最後だ。
もう刺されるわけにはいかない。
「死ねぇぇぇぇっ!」
勢いよくナイフが振り下ろされる。
私は胸を防御障壁で包んで、それを防ぐ。咄嗟にやったことだけど上手くいった。魔力の壁に阻まれたナイフはポキリと折れてしまう。
「くっ、防御魔法まで使えるのか……小癪な! しかしナイフは防げても、これならどうだ!? その美しい顔をグシャグシャにしてやろう!」
彼は棍棒を持ってきた。木製ではなく、鬼ヶ島の鬼が持っているような金属製だ。確かにあれなら人間の頭なんてトマトみたいに潰せるだろう。
私の防御障壁なら防げると思う。しかし防ぎ続けることはできない。いつか限界がくる。そもそも手足を縛られている状況をなんとかしないと、なんの解決にもならない。
鎖を破壊しなきゃ。だけど私に攻撃系の技はない。
今あるスキルだけでなんとか……そうだ、思いついた!
防御障壁を皮膚と枷のあいだに発生させる。そして防御障壁の直径を少しずつ大きくしていく。コントロールが難しい。だけど集中すればきっとできる。防御障壁が枷に触れた。硬い。でも私の防御障壁のほうが硬い。そのまま広げる。枷は圧力に耐えきれず、引きちぎれた。
よし! 手足が自由になったぞ!
「なぜ枷が外れた!? ええいっ、とにかく死ね!」
男は棍棒を振り下ろす。
私は起き上がりざまに、己の拳を防御障壁で包んで固める。そして男の顔面に全力でカウンターをぶちかます!
「死ぬのはあなたです! どりゃあああああああっ!」
ぐしゃああああああああああああああああああアアアアアアアアアアッ!
《『実績:邪教徒を撲殺』を達成しました》
《『スキル:聖女パンチ』を習得しました》
《説明。聖女パンチとは、聖女のパンチです。防御障壁で包まれているので硬いです。霊的存在にもそれなりに効果があります》
ひ、人を殺してしまった。
だけど、殺らなきゃこっちが殺られていた。
罪悪感から目をそらしておこう。
「とにかく自分が生き延びることを最優先に考えましょう」
私は声に出して、自分に言い聞かせる。
それにしても、独り言が自然と敬語になってしまった。
前世の記憶を思い出しても、男爵令嬢として過ごした十年の記憶がなくなったわけじゃない。
どちらかが人格の主体というのではなく、どちらも私なのだ。
だから私は、お父様がいる王都に帰りたい。猛烈に甘えたくて仕方ない。
「邪教徒の仲間はいるんでしょうか……そもそもこの洞窟ってどこにあるんでしょう……?」
ここで怯えていても始まらない。私は棍棒を手に取り、当てもなく歩き始めた。
幸いなことにこの洞窟は一本道だったので、迷うことなく外に出ることができた。
頭上には青空が見える。が、薄暗い。昼間なのに光量に物足りなさを感じるほど、鬱蒼とした森だった。
どっちに行けば街道に出られるのか、見当もつかない。
「森……下手に動いて迷子になるより、助けが来るまでこの洞窟にとどまるべきかもしれませんね……」
私は立ち並ぶ木々を唖然と見つめる。
これまでずっと自分に回復魔法をかけてきたから、魔力には人並み以上に敏感だ。この森には魔力を持った者たち……つまり魔物たちが無数にいる。
邪教徒は上手く倒せたけど、魔物にもそれが通用するとは限らない。群れで襲われたら絶対に勝てない。
「でも、怪我をしたら回復魔法で治せばいいし、数回なら死んでも蘇生できますし……隠れながら進めば案外なんとかなるかも……?」
希望的なことを呟いて、自分を奮い立たせようとした。
ところが、森の奥深くから広がってきた威圧感によって、その虚勢は一瞬にして消し飛ばされた。
それに縮み上がったのは私だけではない。無数にあった魔物の気配が、息を潜めるように消えた。それどころか、木の葉が揺れる音さえ静かになった気がする。まるで万物がその威圧感の主に怯えきったかのようだ。
この森には化物がいるらしい。
いくら私に蘇生能力があろうと、きっとそんなのは役に立たない。一瞬にして一万回は殺されそうだ。
そのくらいの力の差を感じる。
威圧感の方向には絶対に近づかないようにしなければ。
「と、とりあえず、しばらく洞窟にとどまって様子を見ることにしましょう……!」
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