最初の森でレベル99にしてから旅立つ系の聖女 ~森で遭難しただけなのに野生の聖女として伝説になっていた~
年中麦茶太郎
第1話 聖女になりました
私は生まれたときから病弱だった。
庶民だったら治療を受けられず、言葉を覚える前に死んでいただろう。
領地からの安定した収入がある男爵家だったから、なんとか生き延びているのだ。
とはいえ、それでも根本的な治療法は見つからず、長くは生きられないと言われていた。
けれど、こうして十歳まで生き延びた。
それは私にギフトがあったからだ。
この世界では稀に、神様から特別な才能を授かる者がいる。その才能をギフトと呼ぶ。
私には、回復魔法師のギフトがあるらしい。
誰に教わったわけでもないのに、無意識に回復魔法を自分に使っていた。
そのおかげで辛うじて生きているというわけだ。
本当に、辛うじて。
人生のほとんどの時間をベッドですごしてきた。調子がいい日でも少し歩くのがやっとで、走り回るなんて無理。
そんな私の楽しみは読書だけだった。
中でもお気に入りなのは、英雄たちの冒険譚。
未知の遺跡に挑んだり、強大な魔物に立ち向かったり。読んでいると想像が広がっていく。
私も広い世界に冒険に出たいという渇望が湧いてくる。
無理なのは分かっている。
私の体は、今生きているのが不思議なくらいだから。
「げほっ、げほっ!」
咳。
口元を押さえた手のひらには赤い血。
今日は肺の調子が悪いらしい。
回復魔法を実行。
それで咳が治まって、痛みも消えた。
毎日、痛むところが違う。私は全身くまなくボロボロ。
おかげさまで回復魔法は上達したけれど、それを上回る速度で蝕まれている。
多分、もう何年も生きられない。そういう実感がある。私はその運命を、諦めの感情とともに受け入れていた。
しかし私のお父様は、一人娘の死を受け入れるつもりがないようだ。
「クラーラ。しばらく領地の村で静養するといい。あそこは王都より空気が綺麗だし、質のいい薬草が採れる。あそこで何年か暮らせば、きっとよくなるはずだ」
お母様は私が物心つく前に亡くなっている。
私が死んだら、お父様はひとりぼっちになってしまう。
それはかわいそうだから、できるだけ長生きしてあげたい。
「分かりました、お父様。では次に会うときまでに元気になっておきますね」
「ああ。けれど焦ることはない。むしろそれだとクラーラが元気になるまで会えないじゃないか。できるだけ仕事の休みを作って会いに行くよ」
都会を離れて田舎に行けば病気が治る。
なんの根拠もない迷信だ。けれどお父様はそれにすがるしかない。
お父様は王宮に勤めていて、そのツテを使って何人ものお医者様を連れてきてくれた。色んな薬を持ってきてくれた。その全てが無駄だった。もう迷信しか頼るものがないのだ。
仕事さえなければ一緒に領地まで行きたかったであろうお父様に見送られながら、私は旅立った。
もちろん自分の足で歩くわけじゃない。
私は馬車の荷台で毛布にくるまって寝ているだけ。
それでも旅は旅。
読書で妄想の翼を広げることは多々あれど、実際に王都から出るのは初めてだ。
幌の隙間から見える景色に心を躍らせた。
そして、森の中の街道を進んでいるとき、馬車は襲撃された。
あっという間の出来事だった。
馬車はひっくり返り、私は衝撃で気絶して……気がつくと薄暗い場所に寝かされていた。
ロウソクの明かりに照らされた石の壁。おそらく洞窟だ。
私が寝ているベッドも石。冷たくて硬い。
手足が拘束されている?
動かしてみるとジャラリと鳴った。
私は両手両足を鎖で繋がれているらしい。
なぜ?
「誰か……いませんか……?」
自分で驚くほど声が震えていた。
死ぬ覚悟はできているつもりだったのに、いざとなると怖いらしい。
ゆっくりと首を動かす。
視線の先に御者がいた。御者は私が物心つく前からお父様に仕えている使用人だ。私も彼を信用している。
信用できる人がいたのに、私は少しも安心できなかった。
なぜなら、彼は死んでいた。
確かめるまでもない。腹を引き裂かれ、中身がこぼれ落ち、そして首が切断された状態で床に転がっていたのだから。
「……ッ!」
驚きすぎて悲鳴さえ出せない。
死体を見るのは初めてだ。
まして、これほど破壊された人体を見る機会が自分に訪れるなんて、想像もしていなかった。
「くくく……お目覚めかな、回復術士のギフトを持つ少女よ」
足音と共に声が近づいてくる。
その主は、黒いローブを着た、中肉中背の三十歳くらいの男だった。
「な、なにが目的なんですか!? どうして私が回復術士だと分かったんですか……!」
「自分では知らないだろうが、君はそこそこ有名人なのだよ。今すぐ死んでもおかしくないほど全身を病に蝕まれながらも、強力な回復魔法の力で生きながらえる奇跡の少女。そんな少女が病気療養のために来ると、この先の村で噂になっていてね。だから私は街道で待ち構えていたのさ」
「私が来ると分かったからって、こんなことをする理由にはなりません! どうして彼を殺したんですか……酷い!」
「それはもちろん、神への生贄にするためだよ。まず彼を捧げたのだが……一般人にいくら苦痛を与えても神からお褒めの声は聞こえない。やはりギフト持ちを生贄にしなければ」
「か、神様は人の生贄など求めないはずです……!」
「お前たちの神はそうらしいな。なんの見返りも求めずに救いの手だけは差し伸べてくれる? そんな怪しげなものを信じるなど、どうかしているぞ」
この男は邪教徒だ。
話には聞いていたけど実在したのか。
「さて、始めようか」
男はナイフを手に、私の隣に立つ。
「や、やめてください!」
「ああ、いいぞ。その恐怖で引きつった表情。生贄として君は実に優秀だ」
そんなことで褒められても嬉しくない。
私は体をよじって逃げようとする。でも手足が鎖で縛られているので、寝返りを打つことさえできない。
男がナイフを振り下ろす。私のお腹に深々と突き刺さる。
痛い。
けれど痛いのには慣れている。このくらいは数え切れないほど経験した。
「くくく……美しい少女は、内臓まで美しいのだな。どれ、じっくりと解体するとしよう……ん、なんだ? 傷が塞がっていく!?」
死にたくない。こんな奴に殺されてたまるか。
私はその一心で回復魔法を全力で使う。
「なるほど。噂にたがわぬ回復魔法だ。つまり肉を切り裂く感触を、何度も味合わせてくれるということだな? ありがたい!」
神への生贄というのは建前で、どうやらただの快楽殺人者だったらしい。ますます殺されたくない。
男は私のあちこちをデタラメに刺しまくる。
ドレスがまるで蜂の巣みたいに穴だらけになる。
それでも私は諦めず、全ての傷を塞ぎ続けた。
魔力がどんどん減っていく。
今までこんなに連続して回復魔法を使ったことはなかった。
もう限界。
そう諦めかけたとき。
《回復魔法の熟練度が規定値になりました。『ギフト:回復術士』が『ギフト:聖女』に進化します》
《『スキル:神言』を習得しました》
《『魔法スキル:自働蘇生』を習得しました》
《『魔法スキル:防御障壁』を習得しました》
《説明。神言とは、今あなたの意識に直接届けられているこの情報のことです》
《説明。自働蘇生とは、あなたが死亡した際に自働で蘇生させる魔法です。魔力を消費するので、あなたの魔力が枯渇していた場合、発動しません。あなたはそのまま死亡します》
《説明。防御障壁とは、魔力で壁を作り攻撃を防ぐ魔法です。あなたの練度次第で、固さや形状を調整できます》
なんだ、これ……?
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