第43話 打つべし! 打つべし!

 メッチャ盛り上がった空気に水を差す、無粋な奴がいた。

 ゴブリン・ロードだ。奴は死んだ。それは間違いない。なのに気配が膨れ上がっている。

 なにか、黒い影のようなものが、死体から起き上がった。


「これは……」


 以前、似たようなのを見たことがある。王都に侵入して大暴れしたゴーストとそっくりなのだ。

 つまりは霊体。

 剣聖であるハロルド様でさえ、霊体にダメージを与えられなかった。そのくせ、向こうの攻撃は周囲を物理的に破壊できる。


 王都のときは、近くにハロルド様とリリアンヌ様しかいなかった。

 今は二十人以上もいる。おまけに洞窟の中。

 犠牲者を出さずに倒せるのか……?


「オッサン、ありゃなんだ!?」


「あれは……まさか……どんな確率だよ……ゴ、ゴーストだ! ヤバいぞ、逃げろ!」


 ロード相手にあれほどの戦いをした試験官が、完全に怯えきっている。

 その表情は、クドクドと言葉を並べるよりも状況を分かりやすく伝えていた。受験者たちも青ざめ、洞窟の出口へと踵を返す。

 試験官は、転んだ一人を抱き起こそうとした。そこにゴーストが近づく。

 ゴーストの姿は、ゴブリン・ロードと同じ。けれど半透明。

 きっと腕力は同等で、けれどこっちの物理攻撃が少しも効かない。

 そんな奴に狙われたら、試験官でさえどうにもできない。一人だったら逃げられたかもしれないが、今は若者が腕の中にいる。

 ゴーストの拳が二人を叩き潰す――その直前。


「聖女パンチ!」


 私が渾身の力でゴーストをぶん殴った。

 よしっ、吹っ飛ばせた。王都のときと同じだ。

 でもダークネスブレスは使えない。なにせ私は暗黒竜ほどの極太ビームを出せないから、あのゴーストを消そうと思ったら結構長い時間ビームを吐き続けることになる。

 外なら問題ない。でもここは洞窟の中。壁や天井を大きく抉ることになるから、崩落して全員生き埋めなんてオチになりかねない。

 だから――。


「聖女パンチ! 聖女パンチ! 聖女パンチ! 聖女パンチ! 聖女パンチ! 聖女パンチ! 聖女パンチ! 聖女パンチ! 聖女パンチ! 聖女パンチ! 聖女パンチ!」


 えぐり込むようにして打つべし! 打つべし! 打つべし! 打つべし! 打つべし!


 やったぜ。顔面ボコボコだ。幽霊でも殴られたら顔が腫れるのね。

 でも拳だけで倒すのは時間がかかりそうだ。

 拳より強くて、ビームほど大げさじゃない攻撃……蹴りだ!

 足を防御障壁で包んで、ゴーストの顔に叩きつける。


《『スキル:聖女キック』を習得しました》

《説明。聖女キックとは、聖女のキックです。防御障壁で包まれているので硬いです。霊的存在にもそれなりに効果があります。パンチと違ってパンチラの危険があるのでスカートのときは注意してください》


 パンチラは大丈夫!

 足を振り上げてないからね。真下にいるゴーストをゲシゲシ踏んでるだけだから。

 あ、でもゴーストには私のカボチャパンツが見えてるか。

 聖女様のパンツを見ながら昇天せい!

 ある意味ご褒美だろ、がはははははは!

 ってな感じで聖女キックで踏みまくったら、ゴーストの頭がブチンと潰れた。そして全身がパーンと弾け、消えてしまった。

 肉片も残らない。幽霊だからね。当然だ。

 当然なんだけど……。


「せっかく倒したのに食べるところがないって……損した気分です……」


 私にとって戦いとは、食べるための行為だった。

 なんなら戦ってると口の中に涎が溢れてくるくらいだ。パブロフの犬の状態ですよ。


「す、すげぇぇぇっ! 野生の聖女がゴーストを倒しちまった!」

「剣聖でも倒せなかった悪霊を倒したって噂、本当だったんだ!」

「私、魔法師をやめて聖女を目指そうかしら……目指してなれるものか分からないけど……」

「俺も斧を捨てて聖女を目指すか!」


 受験者のみなさんが、私を取り囲んで賞賛してくれる。

 奇行で驚かれるんじゃなくて、ちゃんと褒められてる……自己顕示欲が満たされるぅ。

 それにしても全員無事みたいで、よかったよかった。


「うぅ……」


 うめき声? 実は怪我人がいたとか? 治してあげるよ!


「うぅ……さっきまで俺が主役だったのに……全部持っていかれた……うらやましい」


 試験官が泣いていた。

 私の回復魔法でも心の傷は治せない……ごめんよぅ。


「まあ……全員生き残れたのは野生の聖女のおかげだから、文句を言う筋合いじゃねーよな。むしろ、ありがとよ……うぅ」


 な、泣かないで!

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