第8話 作業事故

 よしくんは、宿で夕方起きると、昨夜の作業の報告を東京の会社にメール送信します。

ノートPCを開き会社のホームページの社内用掲示板を見て驚きました。

 …鈴蘭台変電所で作業事故発生…

よしくんが、押部谷変電所に派遣される前から、変電所メンテナンス作業で鈴蘭台変電所に派遣されている、よしくんと同じ会社の作業員がいました。

その作業員は、『鉄さん』と言って、よしくんの先輩作業員です。

鉄さんは、ベテランでよしくんは、今までにいろいろ教えてもらっていました。

この頃は、鉄さんとは、時間がなかなか合わないので話をする機会がありませんが、まじめでとても優しい人です。

 …高圧トランスの側に狸の黒焦げ死体…

どうやら、狸が変電所に迷い込んで感電したみたいです。

蛇やカラスが、電線と地面との間で地絡を起こすことがあるのですが、狸とは珍しいです。

 …事故後、メンテナンス作業員が行方不明、未だに消息不明…

よしくんは、事故の事より鉄さんが行方不明ということがショックでした。

 「狸の黒焦げ死体は、鉄さんではないのか?」

鉄さんは、自分と同じく人間に化けた狸だったのかもしれません。

よしくんは、深い悲しみに包まれてしまいました。

その後、国土交通省から神池電鉄に連絡があり、安全作業確認のため、今夜は作業中止になりました。


 よしくんは、夜間作業が無いので栄養ドリンクを飲むために、いっこのサン薬局へ行く必要はありません。

しかし、いっこに逢いたいので夕方にサン薬局へ向かいました。

ピロピロ、ローン

 「いらっしゃいませ」

いっこが、笑顔でよしくんを迎えてくれます。

 「こんばんは」

よしくんが、照れくさそうに挨拶します。

 「今夜も作業なのね、よしくん」

いっこは、明るく言います。

 「いやー、 それが今夜は作業中止で休み。 いっこの顔見たくて来ちゃったんだ」

よしくんは、ますます照れくさそうに言います。

 「まあ、それは、良かったかも!」

いっこは、嬉しそうに言います。

 「今夜は、夜の8時に閉めるの。 今夜は、スーパームーンなので、仲間とお月見するの。 よしくんも来て!」

いっこは、8時が待ち遠しいようです。

よしくんは、

 「ええっ? 是非、お月見したい。 何処で?」

と、もう、のりのりです。

いっこは、

 「サンロード横丁の『スナック奈美』でカラオケ大会もやるの」

と、嬉しそうに言います。

 「お父さんは、大丈夫なの?」

 「うん。年に1回のことなので許可してもらっているの」

さらに、よしくんは、いっこに聞きます。

 「仲間って? いっこの友達?」

いっこは、ゆっくりと答えます。

 「まず、スナック奈美のママの奈美さん、 スナック奈美で働いている女の子のロマンちゃん、 二人は姉妹なの」

さらに、

 「そして、電気屋の店主の角刈り頭のお兄さん、 金髪でちょっと怖いけどね」

いっこは、そう言って、くすくす笑います。

よしくんは、

 「地元の仲間って言う感じだね。 羨ましいよ」

と、ぽつんと言いました。

 「奈美さん、ロマンちゃん、角刈り頭のお兄さんは、狐なの。 人間に化けている狐なの」

いっこは、声を潜めて言いました。

よしくんは、ちょっと、びっくりしましたが、狐の知り合いは一人もいないので、少し不安です。

 「じゃあ、スナック奈美で」

いっこは、元気いっぱいです。

 「うん、旅館に自動車を置いて、歩いて行くね。 ビール飲みたいし」

と、言うと、

 「いっこは、お酒飲めないからジュースで乾杯するね」

いっこは、そう言うと、もう、カウンターの周りを片付け始めました。

いっこが、1年に1回だけの楽しみにしているイベントなんだと、よしくんは、つくづく思いました。

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