第10話 夜間作業明け

 よしくんは、夜間作業明けの早朝、宿に帰るため、眠そうな目で自動車を運転しています。

道路の中央に流れるセンターラインに従い自動車を走らせます。

そして、雌岡山の麓のに差し掛かったときに一匹の狸が道路の真ん中に横たわっていました。

交通事故です。

よしくんは、徐行して通り過ぎます。

狸は、ぴくりとも動きませんでした。

…まさか、いっこじゃないだろうな…

いっこは、もう寝ている筈です。

いっこでは無いと思いますが、よしくんは、心配で仕方有りません。

いっこの可愛い笑顔や声が、よしくんの頭の中にいっぱい広がっています。

よしくんは、不安な心で運転して、やっと旅館に到着しました。

よしくんが、旅館の駐車場に自動車を停めて玄関に行くと、そこには、白衣を来ていないいっこが立っていました。

 「よしくん、おかえりなさい。 ご苦労さま」

いっこが、そう言ってほほえんでいます。

 「あれーっ、どうしたの? いっこ…」

と、よしくんは、ほっとして、いっこに言います。

 「二人でお月見しようと思って、お団子持ってきたの」

いっこは、団子の入った袋を持ち上げて見せます。

 「嬉しいよ。 でも、お月見は、夜じゃないと…」

と、よしくんが言うと、

 「お月見パーティーに来なかったじゃん! だから、 だよ」

いっこは、少し怒って言います。

 「ごめんなさい。 お月見しようね。 さあ、中に入ろう」

そう言って、よしくんは、いっこをフロントへ案内します。

すると、フロントの女将さんが、

 「おや、おや、うちは連れ込み旅館ではないけどねぇ。 まあ、いいでしょう」

女将は、しぶしぶ、いっこの入館を認めます。

いっこは、恥ずかしくて下を向いて、くすくす笑い出します。

よしくんも、くすくす笑いながらスリッパを履くと、フロントの自販機の飲み物を買いました。


そして、二人は、部屋に入ると、畳の上に座りました。

いっこの持って来た団子を食べます。

 「月が見えないけど、いいお月見だね」

と、よしくんが言います。

 「奈美ママがね、いっことよしくんの縁結びしたいから、スナックのお店に午後来て欲しいって、言ってるの」

いっこが恥ずかしそうに言います。

 「えっ、ああ、かまわないよ、いっこ…」

いっこが、

 「いや?」

と、聞くと、

 「とんでんもない、すごく、嬉しいよ」

と、よしくんが言います。そして、

 「いっこ、尻尾が出ている」

と、言うと、いっこも、

 「よしくんだって、尻尾が出ているよ」

と言い、二人で笑いました。

その日は、2匹の狸が1つのお布団にそれぞれ丸くなって寝ていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る