第9話 スーパームーン

 今夜は、特別なお月見パーティーなので一般のお客さんはお店に入れません。

外のスナック奈美の電飾看板は消えています。

カラン、カラーン

電気屋の角刈り頭のお兄さんが来店しました。

 「ようこそ、スナック奈美へ!」

奈美ママは、はりきって言います。

ロマンちゃんは、月見団子とか飲み物をテーブルに並べています。

いっこも既に来店し、椅子に座っています。

 「よしくん遅いわねぇ」

奈美ママは、心配そうです。

 「よしくん、どうしたのかなぁ」

いっこも心配になってきました。

すると、角刈り頭のお兄さんが、

 「なんや、 その作業員か? よしくん言うのは」

ロマンちゃんが言います。

 「急用かもね、もう30分押しちゃったから、先に始めてる?」

奈美ママも、

 「そうねぇ、お月見の前にお団子食べましょうね」

と、言います。いっこは、心配で下を見つめています。

すると、

 「さあ、カラオケ大会開始やでぇ、まず、わしの18番の『悲しい色やね』いこか!」

角刈り頭のお兄さんは、ここぞとばかりに、元気いっぱいです。

奈美ママ、ロマンちゃんの大きな拍手とともに、前奏が流れてきました。

角刈り頭のお兄さんは、マイクを持つと、

 「ブ・ルースや、えーでぇ、ママ! しびれてまうでぇ!」

自信満々の前ふりです。

いっこも顔を上げてお団子を食べ始めました。

 「♪おー、 おーさーかーの海は~ かーあなしーい~ 色やねえ~♪」

音程が完全にずれています。

ロマンちゃんは、笑いながらズッコケましたが、いっこは真剣に聞いています。

奈美ママは、

 「18番なのにねぇ、まあ、毎年のことだし」

諦めた顔をしています。

すると、突然、角刈り頭のお兄さんの姿が消えました。

いっことロマンちゃんが心配になって立ち上がると、奈美ママが角刈り頭のお兄さんの方に駆け寄りました。

 「焼酎ハイボール、一気飲みするからー! まったくー!」

奈美ママが怒ります。

角刈り頭のお兄さんは、酔っ払ってしまい、床に座り込んでいます。

 「♪泣いたらーあかんー泣いたらー 悲しくーなるだけー♪」

本当に泣いて歌っています。

奈美ママは、

 「もう、次の曲へ行こう! 次! あかんわ、この人!」

すると、ロマンちゃんが、曲の途中ですが『愛人』に曲を変えました。

前奏が始まると、ロマンちゃんは、

 「次は、いっこさんの18番、愛人でーす!」

奈美ママの大きな拍手の中、いっこにマイクが渡されました。

 「♪あなたがー、好きだからー、それでいいのよー♪」

いっこは、ぴょんぴょんと身体でリズムを取りながら楽しそうに歌います。

本当に、歌が上手だし、仕草が可愛いです。

 「いぇーいっ、ヒューヒュー!」

と、奈美ママは、のりのりです。

ロマンちゃんは、楽しそうに手、腰、膝でリズムに合わせてタンバリンを叩いています。


 よしくんは、この光景をスナックの外から窓越しに覗いていました。

みんな尻尾が出て、大笑いしています。

みんな楽しそうにやっています。

関西の狐や狸のパワーに負けたよしくんは、中に入れずにいました。

カラオケで歌ったり、普段のいっことは違う、明るくて活発ないっこが、遠くに見えました。

よしくんは、東京の狸は、ついていけないなぁ、と思いました。

ただ、いっこは、楽しそうにしていますが、よしくんが来ないので今ひとつ盛り上がりません。

去年と同じお月見なのに、よしくんと出逢ってからは、いっこの心の中も変わりました。

そんないっこを、奈美ママが心配そうに見ています。


そして、奈美ママが、大きな声で言いました。

 「さあ、みんな、外に出てお月見しよう!」

よしくんは、慌てて窓から離れました。

店に入ることが出来ず、スナックの窓の外から中を覗いているよしくんは、いっこに交際を申し込む予定でした。

しかし、みんなが盛り上がっているので、そういう雰囲気ではありません。

その夜、一匹の狸がとぼとぼと、スナックの前の道を歩いて、旅館に帰って行きました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る