第2話 よしくんの正体

 よしくんは、狸です。

どう見ても中年男性の人間なのですが、狸なのです。

人間に化けた狸なのです。

よしくんの住んでいる多摩ニュータウンは、東京都の稲城市・多摩市・八王子市・町田市にまたがる多摩丘陵に開発されました。

開発により追われた狸や狐たちは、すみかを失くし人間に化けて人間社会で生きています。

よしくんもそんな狸なのです。

よしくんは、自分が狸であることを随分悩んだ時期もありましたが、人間として自立してからは、一生懸命にこの電鉄変電所のメンテナンスの仕事を続けて来ました。

狸は、夜行性なので、電鉄変電所のメンテナンスの夜間の仕事には向いているのです。

知り合いの狸には、ホストクラブのホストとして働く者もいましたが、よしくんは、電気の学校を卒業するとすると直ぐに、この変電所メンテナンス会社に入社し、この道一筋で生きてきました。

ただ、昼と夜の逆転した生活では、女性との出逢いの場がありません。

恋をしたりすることは、全くありません。

よしくんは、お酒が好きだったので、仕事が休みの日は、夜の居酒屋やスナックなどに通いました。

このときから、カラオケで歌うことがとても好きになりました。

何回か、夜の社交場で知り合った女性に恋をしましたが、基本的にまじめな性格のよしくんから相手の女性は去って行きました。

よしくんは、人間の女性に恋をして、所詮、叶わない恋と知りながらも夢を見ていたのかもしれません。

 「どうせ、狸なんだから。人間じゃないんだから…」

若いときは、自暴自棄になり、お酒に溺れたり、折角稼いだお金をパチンコに全て注ぎ込んでしまったりと、ずいぶんつまらない人生でした。

そんな、よしくんも大人になり、角が取れて丸くなりました。

今では、落ち着いた中年男性なのですが、恋の出来なかったことが心の隅にあるので、寂しさは拭い去ることが出来ずにいました。

あと、人間に化けているには、かなりの体力を使います。

体調を壊したり、疲れてきたりすると狸に戻ってしまうのです。

したがって、昼間の就寝中は、狸になって寝ているのです。

お布団の真ん中で狸が丸くなって寝ているのです。

だから、寝ているところを見られたら大変なことになります。

 「あーっ! た・ぬ・き! 狸が寝ているうーっ!」

旅館の女将さんは、箒を手に持って狸を外に掃き出すことでしょう。

 「シーッ、シッ、シッ」

女将さんから外に出された狸は、すごすごと旅館の裏山に逃げて行くしかありません。

よしくんは、常に、このような危険性と共に人間生活を送っているのです。

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