第6話 束の間のデート

 今夜も作業前にサン薬局にやって来ました。

よしくんは、いっこと初デートのように、どきどきしています。

 …いっこと呼んでね、よしくん…

出逢って、いきなり、こんな事言ってくれるなんて、よしくんの心は期待と不安が入り乱れていました。

ピロピロ、ローン

 「いらっしゃいませ」

いっこが、笑顔でよしくんを迎えてくれます。

 「こんばんは」

よしくんが、照れくさそうに挨拶します。

 「今夜も作業なのね、よしくん」

いっこは、明るく言います。

よしくんと言われて、もう、幸せいっぱいです。よしくんは、

 「栄養ドリンクください。 ここで、飲ませてください」

と、言うと、

 「はい、これどうぞ。 安全でありますように」

いっこが、出してくれたドリンク剤を受け取るとき、カウンターの中を何気なく見たよしくんは、びっくりしました。


いっこの白衣の下から尻尾が出ているではありませんか!


狸の尻尾です。よしくん自身にもありますから、間違い有りません。

よしくんは、見てはいけない物を見てしまったような、いっこが人間では無いという喜びで、またしても、心の中が入り乱れてしまいました。

よしくんのびっくりした表情で、いっこは、慌てて言います。

 「どうかした? よしくん、そんな顔して…」

 「い、いや、いや、いっこ、し、しっぽが、出ている…」

よしくんが、いっこの尻尾を指さしてやっと、言います。

いっこは、

 「えっ?」

と、言って、自分の着ている白衣の下を覗いてみます。

よしくんも、一緒に覗きますが尻尾はありません。

いっこは、にこにこ笑いながら、

 「よしくん、面白いこと言うわね」

よしくんは、まるで狸、いや、狐につままれたような気分です。

 「ごめん、失礼なこと言ってしまって…」

よしくんは、いっこに謝りました。

いっこは、大笑いしながら、

 「よしくんって、面白いことを言う人ね。 いっこ久しぶりだよ。 こんなに笑うのは」

寂しい夜間の薬局で、一人でカンターに立つ、いっこの生活をよしのりは、気の毒に思いました。

すると、カウンターの奥でごそごそと音がしました。

いっこは、声を潜めて言います。

 「お父さんが、お水飲みに起きて来たみたい」

昨日と同じです。

よしくんは、代金を支払うと、

 「どうも、また、明日の夜、来ます」

と、言いました。

いっこも、

 「毎度、ありがとうございます。 気を付けて、行ってらっしゃい」

と、言ってくれました。

ピロピロ、ローン

よしくんは、いっこが人間では無いのではないか?という期待や孤独な夜間薬局から救い出したいという思いなど、複雑な気持ちで、店を出ました。

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