第四晶、死にたがりの少女

「それでどうなったの?」


 少女の琥珀色の瞳が、クォーツを見上げる。


 少女の名は、ペトラ。ヴァルト国の東にある国の言葉で〝石〟を意味する。その名のとおり、親から石ころのように捨てられ、奴隷として生きてきた。食べ物すらろくに与えられず、体罰と仕事で酷使された身体はボロボロに傷つき、死にかけている。


 それでも身体が成熟すると女としての役目を求められ、ついには心が死んだ。


 暗い森の中、死に場所を探して彷徨っていたところ、クォーツと出逢ったのだ。


 ペトラは、最初クォーツを狼と見間違え、自分を食らってくれと喉元を差し出した。


 しかし、ペトラのか細い喉元へ触れたのは、碧玉の瞳を持つ男の優しい手だった。


 男は、銀の長髪を無造作に腰まで伸ばして屈んでいたため、暗がりの中、ペトラの目には狼のように見えたのだ。


 それでも「死にたい」と虚ろな目で見上げるペトラに、クォーツは言った。


「俺の名は、クォーツ。この森の……宝石獣の番人だ」


 そしてクォーツは、宝石獣と森の話をペトラに聞かせた。自分の犯した罪と、その後の結末に至るまでの全てを。それまで分からなかった多くのことが、自分が宝石獣になったことで色々と分かった。


 宝石獣とは、罪を犯した人間が新たな来世へ渡るまでの仮宿のようなものだ。罪を許される時まで、獣のまま森で静かに暮らす。罪の大きさによって、身体の宝石も大きくなる。


 その罪の大きさ故に宝石は輝きを増し、現世を終えても尚、密猟者から命を狙われることになるのだ。更には、自然界における捕食者からも狙われることになる。


 宝石獣は、食べ物を口にせずとも生きていける。宝石に宿る不思議な力がそうさせるようだ。


 それでも、時が経つと共に宝石の力は失われ、身体は再び死へと向かう。やがて宝石の光が消えた時、その魂は、ようやく次の来世へと行けるのだ。


 ユンゲの言っていた『時』とは、生まれ変わる時を意味していたのだろう。


「己を殺せば、その罪によって宝石獣となる。そんな過酷な未来があると知っても、まだ死にたいか」


「でも、あなたは獣に見えないわ。人間そのものよ」


 ペトラの疑問に、クォーツは自分の胸元をはだけさせて見せた。


 そこにあるものを目にして、ペトラが息を飲む。


 クォーツの胸の真ん中には、大きな柘榴石グラナトが輝いていた。それはまるで、クォーツの心臓がそのまま結晶化しているようだ。


「俺の罪は二つある。一つは、ユンゲを死なせてしまったこと。もう一つは、ユンゲをことだ」


 泉の精霊は、クォーツの罪を使ってユンゲを宝石獣に変えようとはしてくれた。だが、宝石獣になるということがまでは教えてくれなかった。


 クォーツは、ペトラの手を取ると、自身の胸に輝く柘榴石グラナトの上へそっと触れさせた。その宝石は温かく、脈を打っているのがペトラの指先から伝わってくる。


「ユンゲはここにいる。俺と共に宝石獣となった。でも、俺が罪を許される時まで、どこへもいけない。ユンゲが再び生まれ変われる時まで、俺はこの罪を抱えて生きていかねばならない」


 だから自分は、罪を許される時まで宝石獣たちを守るのだ、とクォーツは言った。


 でも、ペトラにはどうしても解らないことがあった。


「なぜ守るの? 罪人なんでしょう」


「守ると約束した、ユンゲと」


 それに、とクォーツは続けた。


「元は罪人だとしても、彼らは生きている。のように」


 クォーツの話を聞いたペトラは、指先から伝わる温もりを感じながら、もう少しだけこの番人と話をしていたいと思った。



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