(6)栄冠は君に

「……何故、あそこであんな球が投げられたのだ?」

 高山が戻ると、打席に立つ霧隠が尋ねた。今度は、じっと高山の目を見て話しかけている。高山はキャッチャーボックスに腰を落としながら答えた。

「咄嗟の判断、って奴ですよ。でも、決して運任せじゃない」

 キャッチャーミットを被りながら、高山は続ける。

「あいつはね、抑え専門のピッチャーとして入部したんですよ。本当は先発のエースに憧れてたんですけど、スタミナが無くってね。でもレギュラー入りが難しいって分かってても、地道に練習を重ねてきたんです」

「…………」

「あいつはエースにありがちな我の強いタイプじゃない。むしろ普段は引っ込み思案なくらいだ。でも、厳しい練習で自分の実力を高めることで、甲子園決勝で一打サヨナラの場面を任されるまで成長した。単なる投球の技術だけじゃない、こんなアホみたいな絶望的状況でも、自分の力を信じ切れるだけの器量を身につけた。あの場面で咄嗟に外した球を投げられたのも、そういう自信があったからですよ」

「なるほどな。しかし、それだけではあるまい」

 霧隠は新堂を見、それから高山に視線を戻した。「どんな球でも捕ると信じられる仲間がいる。そういう信頼も、自信を支えているのだろうな」


<さあ、プレイ再開です。藤林高校対真田学院の九回裏の死闘は、スクイズの失敗によってツーアウト二塁・三塁、バッターのカウントはワンボール・ツーストライクという状況ですが……藤林高校バッテリーは、このまま勝負を選ぶようです! 客席からの両チームの応援は最高潮! ……さあ、霧隠君への第四球、投げた! これはアウトコース高め、バットの先が当たるも振り遅れてファール! このままでは終われない真田学院、四番の意地で粘るか霧隠君! 次は五球目。サイン交換は……>


 この一球で決める。サインはすぐに決まった。新堂は深呼吸をしてから、ゆっくりと落ち着いて投球動作に入り、そして……。


<第五球、投げた! ……外に逃げるスライダー!! 外角高め、ボール球を振らせてスイングアウトの三振! そして、ゲームセット! 藤林高校、八対七で死闘を制し、二年ぶり五回目の優勝を決めました!>


 最後のバッターを討ち取った瞬間、藤林高校ナインはマウンドに駆け寄った。歓喜の叫びを上げ、最大の功労者である新堂をもみくちゃにする。

「先輩、勝った……優勝したんですね!」

「そうだよ、よく踏ん張ったな」

 彼らは汗に光る体を寄せ合いながら、勝利の余韻に浸っていた。


「……敗れたか」

 真田学院ナインに、監督が声を掛ける。叱責でも慰めでもなく、事実を述べているというだけの淡々とした口調だった。

「敗因は実力不足。それだけだが、一つ改善の余地はある」

「まさか、それは……」

 主将の霧隠が、不安の声を上げる。チーム一同も、はっとして監督を見た。

「ユニフォームだ。やはり忍者たる者、全裸でなければなるまい」

 絶望する球児たちに、監督はあごで優勝チームを指し示した。

「彼らのように、な」


<劇的な幕切れでした、甲子園決勝! 決勝戦初のの対決は、新興の真田学院の猛追を振り切った忍びの名門・藤林高校が勝利を収めました! 藤林高校ナイン、全裸のまま喜びを分かち合っています…………>

                                   了

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白球で綴れ、青春の賛歌 倉馬 あおい @KurabeAoi

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