三、どうでも良いこと
夜。今日は満月。少女はただ静かに、竹の隙間から覗くまあるい光を見上げていた。
春。ここで過ごす春はもう五度目。この季節になると、初めて人間の女をこの手で殺した時の感覚を思い出す。鈍く柔らかく美しい、肌。
棒にまで伝わってくるその感覚。そしてそれを喰らう少女の姿を思い出す。その醜さに血で穢れた唇に、心を奪われたあの日。囚われたあの日から、少年は少しだけ成長していた。
相変わらず醜い顔で姿で、そのくせその指や身体は色白で細くて滑らかな。この顔さえこの足さえこうでなかったならば、母親が違っていたならば、自分をこんなに惨めに思ったり、誰かのせいにして満足なんてしないのに。
本当はどうでもいい。たまにふとそう思うだけで、少年はこの世に未練がない。さっさと終わってしまえばいいといつも思っている。この手で女を殺している時も。少女の相手をしている時も。言葉を交わしている時も。今この瞬間でさえも。
春も夏も秋も冬も。満月の夜だけはとても儚い表情で朝から空を仰いでいる、少女。そのあかい大きな瞳で。
幼い頃の夢を見る。
数を数える鬼の歌声。
ひとつ。ふたつ。みっつ。
よっつ。いつつ――――。
振り返ると誰もいなくなっている。鬼はそうでないものを見つけなくてはならない。けれども少年は右足が悪いので、動き回ることさえ困難だった。
少年には名前がなかったので、同じ村の子供たちは「お前」とか「赤鬼」と呼んだ。母親はいつまで経っても名前をくれなかった。
ああ、自分は幽霊か何かなのだろう、と思うことにした。
全部。この顔も唇も眼も足も母親のせいなのに。それなのに自分をまるでどこにもいないように扱う母親を、自分にとってなんでもないものだと思うことにした。ただ、そこにいるだけの、存在、と思うことにした。
はたりと目が覚める。まだ朝までは遠かった。いつの間にか自分の横で丸くなって眠っている少女に気付き、珍しいものでも見るように大きな右眼を見開いた。
今宵は満月。
少女はこの日だけは、眠らないでなにかを待っている。ずっと、空を見上げているのに、今夜に限ってなぜか少年の傍らで眠っていたのだ。
しばらく驚いて時間を止めていたが、少年は何事もなかったかのようにそのまま起こした身体を沈ませた。
かけていた青い唐衣は少女に取られてしまったが、寒くも暑くもないこの邸では、あっても無くてもどちらでも良かった。
格子は開け放たれたままだった。
どうでも良いことだったので、少年は赤くかさかさの目蓋を閉じた。
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美しい少女と醜い少年の物語 柚月なぎ @yuzuki02
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