紹介No. 19:名もなきオブジェの呟き/柊圭介

 今回は、カクヨムコンテスト10【短編】応募作の短編アンソロジー『名もなきオブジェの呟き』(柊圭介さん作)を取り上げます。なんと、このエッセイでは初の現代ドラマの紹介です。


 この記事の最後、------の後はネタバレになりますので、作品を読んでいない方は飛ばしていただけると幸いです。


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紹介No. 19


URL:https://kakuyomu.jp/works/16818093088970376893


ジャンル:現代ドラマ


カクヨムコン10短編サブジャンル:現代ドラマ・文芸・ホラー短編部門


話数:5(2024/12/19現在)


文字数:9,994文字(2024/12/19現在)


投稿状態:完結


セルフレイティング:なし

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【粗筋】

 主人公は、パリの蚤の市(ブロカント)に並べられている古道具――売れない画家が使い古したイーゼル、恋をしたから使う人を選ぶコーヒーミル、作家に使い込まれた書斎机、額にひびの入ったフランス人形、蚤の市に出店するのはこれで最後になる店の懐中時計。それぞれの歴史を背景に道具たちが思い思いに呟きだす。


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 この作品のことは、新作通知で知りました。連載を追って読んでいましたが、最終話を残してカクヨムコン短編部門の最大文字数1万字まで1000字もないのにどうされるのかなとお節介なことを思っていたら、きっちり1万字以内で余韻のある素晴らしい締めにされてさすがだなと思いました。


 ブロカント(Brocante)という言葉はこの作品で初めて知りました。多分、そういう読者が多いと作者の柊圭介さんも思われたのでしょう。近況ノートで解説してくださっています。


 柊圭介さんの近況ノート「短編部門に「名もなきオブジェの呟き」参加しました」(2024/12/21)

https://kakuyomu.jp/users/labelleforet/news/16818093090727926628


 柊さんによれば、ブロカント(Brocante)はプロの古美術商や骨董商などが店を出す蚤の市だそうですが、地域の人々が集まって開催するヴィッド・グルニエ(Vide-greniers)という蚤の市もあるそうです。後者は屋根裏の物置を空っぽにするという意味だそうなので、ガレージセールが集まったみたいな感じなのでしょうか。


 この作品のブロカントで売り出された物は、第3話の書斎机とエピローグの懐中時計以外(ネタバレコーナー参照)、あまり金銭的な価値はなさそうですが、どれも使ってきた人の思い――人との出会いと別れ、人情の機微、悲しい記憶などなど――が詰まっています。その思いが道具に命を吹き込み、彼らは呟き始めます。今度、蚤の市に行った時には道具の呟きが聞こえてきそうです。


 それぞれのエピソードに出てくるのは、売れない画家が使い古して使い物にならなくなったイーゼル、コーヒー豆を挽く人を選ぶコーヒーミル、作家などの前所有者達に使い込まれた書斎机、額にひびの入った時のエピソードに胸を打たれるフランス人形、蚤の市に出されてもいつも売れ残る懐中時計。この中では、書斎机のエピソードだけ異例かもしれません。何故そう思ったかは、最後のネタバレコーナーに書いています。


『名もなきオブジェの呟き』への私のレビューはこちら:

https://kakuyomu.jp/works/16818093088970376893/reviews/16818093090589398861


 作者の柊圭介さんは他にも『二十年のち』でもカクヨムコンテスト【短編】に応募されています。今も現実世界で起きている侵略、大量虐殺、民族浄化を連想させ、人間の愚かさを露わにしています。


『二十年のち』

https://kakuyomu.jp/works/16818093077200581627


 それからカクヨムコンとは関係ないのですが、柊圭介さんのモーパッサン愛に溢れたエッセイ『モーパッサンはお好き ᕦ⊙෴⊙ᕤ』もお勧めです。原文から自らまとめた粗筋と解説は、フランス文学をよく知らない私のような人間にもとても分かりやすいです。図々しくも、モーパッサンの翻訳本について柊さんから少しアドバイスをお願いしたので、カクヨムコン終了後にいつか感想を書いてみたいと思っています。


 モーパッサンの作品は、ヨーロッパを舞台にした歴史小説、それも人間の愚かさや愛憎を描いた作品が好きな方にはお気に召すでしょう。そう考えると、柊圭介さんの現代ドラマもモーパッサンに共通する要素があります。モーパッサンにとっての小説の舞台は「現在」でもちろん歴史小説ではなかったのですが、今の私達には歴史小説になっていて、19世紀後半のフランス社会を垣間見れられるのも興味深いです。


『モーパッサンはお好き ᕦ⊙෴⊙ᕤ』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054917992862



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↓まだ読んでいない方はネタバレがあるので、飛ばして下さい↓


 物に金銭的な価値がなくても、その物に思いを持つ人にとっては宝物なのだと教えてくれるのが、特に第1話の使い物にならないイーゼルや第4話の額にひびの入ったフランス人形です。焚火の薪にされる前に老画家を慕っていたかつての少年に見つけてもらえてよかったねと言いたくなりました。


 フランス人形の額にひびの入った経緯にはかつての世の中の不条理を感じて悲しくなることでしょう。このエピソードでは、人間のごうや醜い面も露わにされていました。親切な顔をした人も裏では何を考えているか分からないと人間不信になりそうですが、その業突く張りの女性の娘の優しい心には救われました。あんな母親にしてこんな娘ができたのは奇跡です。


 第2話の恋に盲目になった女性とコーヒーミルには、切なくなりました。「値切られるような女になっちゃだめ」と「未練なんて、古道具より役に立たないもの」というコーヒーミルの言葉が身に沁みます。それに対してあの不倫男は何なのと頭にきますが、これはざまぁが訪れるロマファンではありませんので、彼は最後には登場しません。それよりもコーヒーミルが最後に初めて気持ちよくコーヒー豆を恋のライバルに挽かせてあげたエピソードで終わってよかったのだと思いました。


 金銭的な価値という面で言えば、第3話の書斎机とエピローグの懐中時計だけは他の3つの物よりも高いだろうと思います。懐中時計はいつも蚤の市で売れ残ってしまっているし、書斎机はインク壺を倒された染みが残っているかもしれないですが、家中時計には骨董品的な価値があるでしょうし、書斎机はお金持ちのボンボンが購入するくらいだから、それなりにアンティークな趣があるのでしょう。


 この作品に出てくる物にまつわるエピソードは、どれも心にしんみり来るのですが、第3話だけ少し趣が違い、柊さんのAIを使った創作に対する意見が反映されています。


 今の書斎机の所有者は、AIを使って物語を仕上げ、出版社に送ります。それに対して書斎机は、かつて自分を使っていた作家達が時間をかけてたったひとつの言葉をひねり出していたことに価値を見出し、今の所有者がAIを作って生み出した物語に彼の「心」や「魂はあるのか」と問いかけます。さらに書斎机は、彼が「作家なのではな」くて「AIという姿の見えない化け物」と一刀両断し、今のあるじがAIで書いた「作品」に傍点をつけて呼びます。最後に彼は出版社からAI使用に対して何らかの非難を受け、議会でもAIを使用した創作物の禁止法案が成立します。


 私自身は、誤字脱字発見のためや下調べで補助的にAIを使うのはありかなと思います。でもAIは平気でもっともらしい嘘をつくそうですので、素人考えですが下調べにも使えないだろうなと推測しています。AIの言う事が本当なのか検証する手間をかけるぐらいなら、初めから自分で全部調べたほうがいいです。それに対して校正には使えそうですけど、実際にはまだ使ったことはありません。それ以外で言えば、AIを使った創作(小説だけでなく絵も)柊さんと私もほぼ同意見です。


 エピローグの懐中時計は人々に便利に使ってもらえた時代が過ぎ去っていつも売れ残ってしまい、懐中時計の独白が郷愁を呼びます。それでも何年もつか分からない店主の「ぺたんこ電話」(スマートフォン)に比べて、100年以上使われてきた誇りを持ち続けているのに救われます。蚤の市での出店を止めても終わりじゃない、「過去は未来のためにある。思い出の中に生きてるようなガラクタたちにも明日があるんだ」という前向きな懐中時計の心意気が、最近スランプ気味の私を励ましてくれました。


 私の「ぺたんこ電話」は4G時代の6年ものなんですが、プロバイダを乗り換えたらSMSを受信できなくなりました。ネットバンキングとかのアプリの移行が面倒くさいので、乗り換えの時にただ同然で入手したスマホをSMS用にしました。デジタル時代になって物の寿命がどんどん短くなっている気がします。スマホは骨董品としてはおろか、古道具としても成立しないでしょうね。スマホに限らず、今の時代に使われている物が100年後にも人々の思いを伝えて使い続けられているでしょうか。あまりないような気がします。

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迷える子羊の読書録 田鶴 @Tazu_Apple

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