17 必要とされる事
必要とされる人間と、必要とされない人間がいる。
そこには決まった理由があるわけではなく、時と場合によってその取捨選択が変化する。
では果たして自分はどちらなのか。
それを夏生黎明が考えた時に、決まって頭に
黎明は人間の母と狐のアヤカシの父の間に生まれた半妖だ。
化かしが得意な狐のアヤカシの血を引いているわりに、父のようにアヤカシの特徴を隠したりは出来ず、狐の耳と尻尾が常に生えたまま。
両親はかわいいと褒めてくれたが、それと同時に、そのせいで雪宮家から隠れ続ける事が困難だった事も黎明は知っている。
これは雪宮からだけではなく世間からもだ。
都市国家大和では獣のアヤカシは珍しくないが、半妖は研究対象として興味を持たれている。
人間からすればアヤカシと半妖の違いは分からないが、アヤカシからすれば一目瞭然だ。
実際にそういう手段で国と繋がって、お金を稼いでいるアヤカシはいる。
とは言え見つかったとしても無理矢理研究所に連れて行かれる事はない。大和の法律がそれを許さないからだ。
あくまで「お金を出しますから協力しませんか」という連絡が来るだけである。
それだけなら良い。 問題なのはそこから雪宮へ情報が洩れる事だ。
正確には氷月を通してだ。氷月家は都市国家大和の役人達とも繋がりがあるため、長年自分の家に仕えている雪宮が頼めば内容によっては動くだろう。
雪宮の当主からの頼みならなおさらだ。雪宮の神降ろしの情報を持ち逃げしたから、とでも言えば承諾してくれるだろう。
例えそれが、雪宮の当主が母へ抱く歪んだ執着心からだとしても。
実際に黎明達が見つかったのは、両親がアヤカシに襲われて亡くなった時だが。
あの時黎明は、自分も一緒にアヤカシに喰われてしまえたら良かったのにと思っていた。
むしろもっと前にそうなっていれば、両親だけならば逃げおおせたはずだ。別の国へ行ってしまえば雪宮は追いかけて来られない。
両親がそれをしなかったのは黎明のためだ。都市国家大和は古くから人とアヤカシが共存している国だ。だからこそ半妖に対しても寛容なのだ。よその国ではもっとアヤカシや半妖に対して厳しい。
自分がいたから両親は死んだ。黎明は今もそう思っている。
雪宮に連れて来られた時の黎明は、自分の生きる意味や価値が見い出せず、それでも両親が守ってくれた命なのだからと何とか生きようとは思っていた。
そんな時だ、雪宮桂月と出会ったのは。
初めて出会った時の桂月は、人生のすべてを諦めたような顔をしていた。裕福な家庭に育っているはずなのに、桂月の顔は誰よりも暗かったのが印象に残っている。
そんな桂月の世話係になれと雪宮の当主から言われたが、黎明は他人の世話なんてした事がなかった。しかも桂月は警戒心の強い猫のように懐いてはくれない。どうしたら良いか途方に暮れた事も何度もあった。
けれども接していると、桂月は黎明の事を決して蔑んでいるわけではない事も分かった。黎明が怪我をしたり、雪宮の人間から辛く当たられて落ち込んでいる時に、彼は不器用ながらも気遣ってくれるのだ。
桂月は自分の事を好意的に思ってはいなかもしれない。けれども、だとしても、優しいんだなと黎明は思った。
優しくされたら優しくするんだよ、と両親に教わっていた黎明は、桂月に対して自分もちゃんと優しくしようと思った。そうして接している内に、だんだんと桂月から自分へ向けられていた態度が軟化して行ったのだ。
そんなある日の事、桂月が風邪で寝込んだ時に、
「黎明、私を、置いていかないで、くださいね……」
熱に浮かされた桂月が、黎明の服の裾を掴んでそう言った。
涙目で、不安そうなか細い声で、桂月は自分を必要としてくれたのだ。
その言葉が黎明には衝撃だった。両親を亡くしてからずっと、誰からも疎まれていると思っていた自分を、自分自身ですら価値がないと思っていた黎明を、桂月は必要としてくれた。
黎明はその時、闇の中に一筋の光が差し込んだような錯覚を覚えた。救われた気がしたのだ。
その日から黎明は桂月の事が誰よりも大事になった。何においても優先すべき大事な存在となったのだ。
◇ ◇ ◇
その日、黎明は桔梗区の信用できると判断している人達の元を訪れていた。
今回の作戦に協力してもらえないか交渉するためだ。
本来であれば、こういう役割は口八丁手八丁な桂月が得意とする部分だ。
けれども情報収集や調整で手が回らないため、今回は黎明が担当している。
今訪れているのはジャンク屋だ。何度か桂月霊能事務所に仕事を依頼されて訪れた事がある。骨董品等もそうだが、ジャンクパーツの中には
「へーえ、何か面白そうな事してんねぇ」
「面白くはないですけどね」
「あっはは。だろうねぇ~。あの氷月コーポレーションと大和守護隊を敵に回すって相当よ?」
「俺は放っておきたい派でしたよ」
「だよね。黎明ちゃんは桂月ちゃんの安全が第一だからさ」
「そりゃそうですよ。だって俺の飼い主ですからね」
「いいねぇ、仲が良くて羨ましいよ。うちの旦那もそれくらい、あたしの事を大事にして欲しいもんだ」
「大事にされているでしょ。この間なんて薔薇の花束プレゼントされたそうじゃないですか?」
「そうだよ、すごいだろ? いや~、あれはすごく嬉しかったなぁ。黎明ちゃんもやってみな。桂月ちゃん、きっと喜ぶよ」
やや開放的なデザインのつなぎ服を着た店主の
葉月は黎明とほとんど変わらない年齢のはずだが、話をしていると妙にこちらが子ども扱いされているような気分になる。
彼女が纏っている雰囲気のせいだろうか。黎明には兄弟はいないが、姉でもいたら恐らくはこんな感じなのだろう。
そんな事を思いながら話していると、
「仕事の話だけど、いいよ。協力してあげようじゃないか」
葉月は手に持っていたスパナを肩に当てて、ニッと笑った。
断られる場合を想定して、桂月からいくつか案をもらっていたが、特に使う必要がなく、するりと承諾を得られた事に黎明はホッと息を吐く。
それから葉月に向かって頭を下げた。
「ありがとうございます、助かります」
「気にしなさんな。桂月霊能事務所にはずっと良くしてもらってるからね! それに……」
「それに?」
「あんた達はあまり他人を頼らないでしょ。だから頼ってもらえて嬉しいよ」
黎明は予想外の言葉に目を丸くした。
確かにあまり他人を頼る事はないが、それが嬉しいとはどういう事だろうか。
(そう言えば、バーのマスターも同じ事を言っていたな……)
頼られて困るという感情なら分かるのだが、と思って驚いていると、
「どうしたんだい?」
「いえ、皆からそう言われるので……。連絡網でも回っているのかなと」
「連絡網って。ここの連中はそこまでまめじゃないよ」
黎明が正直にそう言えば、葉月は「あはは」と声を上げて笑う。
それからとても優しい眼差しになった。
「あんた達はいつもさ、頼んだ仕事をきっちりこなしてくれる。大和には、桔梗区の人間ってだけで低く見る奴や、足元見る奴はそこそこいるんだ。だけどあんた達は他の区から来た人間なのに、一度だってそういう事はなかっただろう? だから皆嬉しくなって、好きになっちまうんだよ」
「……ちょろい」
「その通りさ」
何と答えたら良いか分からなくて若干失礼な言葉が出たが、葉月は気にせず、それどころか楽し気に口の端を上げた。
「まかせときな。あたしらも頼まれた仕事はきっちりするよ」
そして、そう言って頼もしい声で請け負ってくれたのだ。
黎明にとって仕事とは、頼まれた通りをこなせばお金をもえるというだけのものだった。
そこに誇りとかやりがいとかを感じた事はない。
けれど真面目に働けば、こういう風に帰って来るのかと少し感動していた。
信用以上の信頼、という奴だろうか。
黎明は少しだけ照れながら、
「……ありがとうございます」
とお礼を言ったのだった。
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