4 真宵邸のアヤカシ 前編


 都市国家大和・山吹区。

 研究施設多く立ち並び、学校や図書館等も存在するこの区は、大和の中でも少々独特な雰囲気を漂わせている。

 区全体が静かで落ち着いていると言うのだろうか。

 桂月が雑踏感の強い桔梗区に住んでいるので、よりそう感じるのかもしれないが。

 そんな事を考えながら、桂月は黎明、ツキと共に桔梗区の端に建つ「真宵邸」と呼ばれる屋敷へやって来た。

 大和では有名なアヤカシ研究者が住んでいた建物で、数年前に家主が死亡したため今は空き家となっている。

 

「さて、大和守護隊はっと……」


 屋敷の近くを見回すと、守護隊の車が数台止まっているのが見えた。

 しかし近くに誰もいないし、何の音もしない。

 珍しい事だ。アヤカシが暴れていると言うならそういう音が聞こえるはずだし、何なら、連絡係として隊員が一人くらいはこの場に残っていてもおかしくない。


「何じゃ何じゃ、不用心じゃの~。一人も残っておらんとはどういう事じゃ?」

「確かに……これは妙ですねぇ」

「でもここ、においは残っているんで、ついさっきまではいたみたいですよ。たぶん手に負えなくて全員で向かったって事ですかね」


 くん、と辺りのにおいを嗅いで黎明が言う。

 狐のアヤカシの血を引く黎明の鼻はそこそこ利く。そのおかげで命拾いをした事が何度かあった。

 その黎明が言うならば間違いないだろう。

 ふむ、と桂月は顎に手を当てる。


「となると……怪しいのはやはり屋敷の中ですか」

「そうですねぇ。どうします、行きます?」

「ええ。念のため守護隊の本部へ連絡だけ入れてから、中へ入りましょうか」


 そう言うと、桂月は守護隊の車に近付いた。

 鍵が差さったままの車もある。いくら周辺を封鎖しているとは言え、ツキの言った通り本当に不用心だ。

 しかし、まぁ、今は都合が良い。そう思いながら桂月は車に乗り込み、無線に手を伸ばした。


「あ~、あ~、聞こえます? こちら、桂月霊能事務所の者です」


 そう呼び掛けると、ピッ、と音がして声が返って来る。


『うわ、桂月さんの声がする……。はい、こちら、大和守護隊の御堂です』

「やあ、御堂藍みどうらん君、こんにちは。前半、聞こえていますよ。私は執念深いので覚悟しておいてくださいね」

『勘弁してくださいっ!?』

「……というのは冗談ですが。百合さんから連絡があったので真宵邸に到着したのですが、現場にいるはずの守護隊の姿が見当たりません。これから私達も屋敷の中へ向かうので、念のため連絡をしておきますね」

『――! 了解しました。ありがとうございます、桂月さん。こちらも対応します』

「よろしくお願いします」


 桂月はそう言うと、無線機を戻して車を出た。

 御堂と言うのは百合の前任者で、桂月がよくやり取りをしていた男だ。

 真面目で気の良い人物で、からかった時の反応が面白く、百合同様に桂月がそこそこ気に入っている隊員である。


「桂月は性格が悪いのう……」


 そんな桂月に向かってツキが呆れた様子でそう言った。


「誉め言葉ですねえ。性格が良かったがために損をするなんて御免ですから」

「仮に性格が良くても、貴様なら損をせずに動きそうじゃがのう」

「おや、ツキも意外と私の事を分かってきましたね。二重丸を上げましょう」

「いらぬ」


 つーん、とツキは桂月から顔を背けてそう言った。

 するとそれを見た黎明が、


「そういう反応をするから、面白がられるんですよ」


 と言っていたが。


「とりあえず中へ入りますかね」

「そうしましょう。ツキはどうしますか? ここで残って、御堂君達を待っていても良いですよ」

「わ、わらわを守護隊に任せるつもりかっ! 嫌じゃ! 嫌じゃ! あいつら怖いのじゃ!」


 屋敷の中は危険だろうからと親切心でそう言ったら、ツキから涙目で首を振られてしまった。

 まぁ、討伐対象だったツキからすれば、守護隊は恐ろしい存在ではあるのだろう。


(いや、それならば直接戦った私達の方が、彼女から恐れられるはずなのでは……?)


 守護隊には怯えるが、桂月達には喧嘩を売ってくるあたり、今一つツキの感覚がよく分からない。

 だが、まぁ、本人がここまで嫌がるのならば、置いて行くのは酷というものだ。

 弱体化こそしているが、ツキもアヤカシだ。自分の身を守るくらいは出来るだろう。

 そう考えて桂月は、


「分かりました。では一緒に行きましょうか」


 と言うと、ツキが目に見えてホッとしていた。

 よほど守護隊にトラウマを持っているのが伺える。

 何だか少々かわいそうな事をしたなと桂月が思っていると、黎明がひょいとツキを摘まんで、こちらへ渡して来た。


「黎明?」

「中で戦いになったら危ないんで。桂月サンが守ってやってください」

「ああ、そうですね。ではツキ、大人しくしていてくださいね」

「わらわは守られる側じゃないがの~、そこまで言うなら仕方ないの~」


 満更でもなさそうに言うツキに苦笑しつつ、桂月は自分の肩にひょいと乗せる。

 黎明と比べると肩が薄いので少々乗りにくそうだったが、ツキはぴたりと桂月の首に寄り掛かってバランスを取っていた。

 ……思ったよりふわふわだ。

 悪くないな、と思いながら桂月は黎明と共に真宵邸の中へと向かった。



 ◇ ◇ ◇



 ドアを開けて中に入った時、やけに寒いなと桂月は思った。

 真宵邸全体が冷蔵庫にでもなっているような寒さだ。

 人が住んでいる家ならば、冷房でこうなる可能性は――まぁ低いが、なくはない。けれども真宵邸は空き家だ。電気だって止まっている。

 だから、こうなるはずがない。何らかの異変が起きているのは確かなようだ。

 そしてやはりと言うか、屋敷内も物音一つ聞こえない。この中に守護隊の隊員達がいるとしたら、あまりよくない状況になっていそうだ。

 ……死んでいないと良いのだけど。

 桂月は彼女達をからかったりはするが、真面目にこの国を守ろうとしている姿は好感を持っている。

 無事でいて欲しいと思いながら、桂月は屋敷の中を進む。


「黎明、百合さん達のにおいはしますか?」

「ええ。たぶん……こっちですね」

「たぶん?」


 彼にしては珍しく曖昧な返答だったので、桂月は首を傾げて聞き返す。


「においが上書きされているというか。……アヤカシのような・・・においが強くて」

「アヤカシのような……」


 黎明いわく、アヤカシは独特の甘いにおいがするらしい。

 種のにおいと言うらしい。アヤカシだけではなく人間にも言えるのだが、香水等を使って変わらない一つのにおいがあるのだそうだ。

 人間を餌にしているアヤカシは、そのにおいで獲物を探し当てているらしい。

 さて、そんなにおいだが、黎明は「アヤカシのような」と言った。アヤカシのにおいを知る彼にしては、こちらも珍しい言い回しだ。

 ……やはり、ここには何かある。

 空き家となっていても、アヤカシ研究者が住んでいた屋敷と言う事だろう。

 はてさて、一体ここで何が出るか。


「……わらわ、ここは好きではないのう」


 考えていると、ツキがそんな事を呟いた。


「ここは何か変な感じがする。わらわは嫌じゃ」

「ああ、その感覚は分かりますね。俺も、あんまり好きじゃないです」


 そしてアヤカシの二人は揃ってそう言った。

 ……これはいよいよ、良くないものの可能性が高い。

 早めに百合達を見つけなくては――そう思って「黎明、案内をお願いします」と彼に頼む。

 黎明は頷いて、辺りのにおいを嗅ぎながら足を進め、そして。

 一階のリビングで、青白く光る植物の蔦のようなものに巻き付かれた百合達を発見した。

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