5 真宵邸のアヤカシ 後編


「アヤカシか……?」


 その蔦を見て桂月は目を細くし、そう呟いた。

 淡く発光している辺り、普通の蔦ではないのは一目瞭然だ。しかも心臓の鼓動のように全身が波打っている。植物というよりは生き物のように桂月には見えた。

 じっと見れば、その蔦の先が、百合達の腕や足に突き刺さっている。血は出ていない様子だが、ぼこぼこと肌が波打っているのが見えた。


「寄生型か」


 厄介な、と思いながら桂月は蔦がどこから伸びているのかを目で追う。

 するとリビングの端の床に大きな穴が空いていて、蔦はその下から伸びているようだった。


「きっ、気持ち悪いのじゃ~~!」


 ひい、とツキが悲鳴を上げて桂月に引っ付いて来た。

 彼女の気持ちはよく分かる。寄生型のアヤカシは一番厄介で不気味だ。

 桂月は手袋を嵌めた手で、ツキの身体をよしよしと軽く撫でてやりながら、


「黎明、あれが何かは分かりませんが、百合さん達の身体から何かを吸っています」


 と黎明に伝える。

 可能性を考えるなら、血か、霊力の辺りだろう。

 どちらにせよ、早めに引き離さなければ百合達の命が危ない。


「どうします、桂月サン。無理に引き剥がすと危険ですよね、アレは」

「そうですね……。どのくらい深く刺されているか分かりませんから。ひとまず蔦を切って切り離しましょう。私の方で燃やせるか試します。無理なら病院で取り除いてもらいましょう」

「了解です。はぁ、これはまた骨が折れそうだ」


 黎明はため息を吐くと、腰に下げたケースから大振りのナタを取り出した。刃がギラリと鈍く光る。

 アヤカシ用の武器を扱っている店で黎明が購入した彼の得物だ。

 刀等よりもしっくりくると言って、黎明は好んで使っている。

 それを振り回して戦う様子は、なかなかワイルドで格好良いと桂月は思っている。

 まぁ、それはともかくだ。


「黎明、くれぐれも丁寧に、ですよ」

「分かっていますよ、今回は特に慎重にします」

「よろしい」


 にこりと笑って頷くと、黎明は「それじゃ行ってきます」と蔦に向かって行った。

 すると殺気を感じたのか蔦がびくんと反応し、何本かが宙へと浮かぶ。

 そして先端が、ぎゅる、と収縮したかと思うと注射針のように鋭くなって、黎明に襲い掛かり始めた。


「なるほど、ああやって身体に刺したのか……」


 状況によって身体を変化させるアヤカシのようだ。

 まるで自分が扱う『神降ろし』の術と似ているではないか、と桂月は目を細くする。


 神降ろしの術とは、その名前の通り自分の身体に神を降ろし、その力を行使する術の事だ。

 霊力を持った者なら誰でも使えるというわけでもなく、今のところ都市国家大和でそれが出来ると確認されているのは雪宮家の血筋だけ。

 貴重で強力な術だ。

 ――ただ、桂月は出来ればあまり、使いたくないとも思っているが。

 その術を使う際には身体に負担がかかるし、それに術に絡んだ嫌な思い出が頭の中に蘇るからだ。

 しかしそんな自分の事情よりも、百合達の命の方が何倍も大事だ。

 ふう、と桂月は息を吐いた後、


「ツキ、これから神降ろしをするので、少し離れていてくれますか?」


 と肩に乗っているツキに声を掛けた。ツキは直ぐに「うむ!」と頷き、ぱたぱたと羽ばたいて離れてくれる。

 本当にこういう時は素直な子だ。

 そう思いながら桂月は懐から守り刀を取り出し、鞘から抜いた。刀身がきらりと清廉な輝きを放っている。


「…………」


 桂月は左腕の袖を捲って一度目を閉じた後、守り刀で自身の左腕を斬りつけ・・・・・・・・・・

 焼けるような痛みに桂月は軽く眉を潜める。傷口からはぼたぼたと血が流れ出した。

 先ほど身体に負担をと言ったが、これの事である。これが神降ろしに必要な行為なのだ。

 自身の身体に傷をつけ、その傷口から神を身体に降ろす。それが雪宮家に伝わる神降ろしの方法だった。


 桂月は守り刀を戻すと、血を流しながら、両手を身体の前で合わせる。

 そして神降ろしのための祝詞を唱えた。

 すると程なくして、傷口からすう、と何かが身体の中に入って来る感覚を覚える。

 その直後、桂月の身体に変化が現れる。瞳と髪が赤く染まり、身体も淡く光り始た。

 火を司る神の一柱を身体に降ろしたのだ。

 身体に籠った独特の熱を外へ輩出するように、ハァ、と桂月は息を吐き、左手を前に突き出した。


「黎明」

「了解です」


 短く名を呼ぶ。すると蔦と交戦していた黎明が、軽く横にずれた。

 そのタイミングで桂月は手から炎を放つ・・・・

 火の神を身体に降ろした事で、火の力を操る事が出来るようになったのだ。

 炎は桂月の意志に合わせて自在に動き、黎明が切り離してもなお百合達に巻き付いて離れない蔦を焼く。

 けれども百合達の身体は服も含めて少しも焦げはしない。ただ蔦だけを正確に焼いていく。神降ろしだからこそ――神の力を借りているからこそ出来る事だ。


 ――もっとも、こんなものを使えるようには、なりたくなかったけれども。


 頭の片隅でそんな事を思いながら、桂月は蔦を焼いて行く。

 その隣では黎明がナタを振り回し、淡々と本体の方を伐採している。


『――――!』


 そうしていると、蔦から甲高い悲鳴のような音が聞こえた。

 今まで無言を貫いていたので、言葉を発せない類のアヤカシかと思ったらそうでもないらしい。

 桂月は百合達の身体に巻き付いた蔦を出来る限り焼いた後――それでも身体の中にあるものなどは焼く事が出来なかったが――その炎を本体の方へ向けた。

 黎明に斬られ、桂月に焼かれ。蔦は生き物のように、その場で激しくのたうち回る。


 ――程なくして蔦はすべて燃え尽きて、赤い塵にになって消えて行った。


 守護隊が全員倒れていた事から、もう少し強力な相手かと警戒していたが、思ったよりも呆気ない。

 それに疑問を感じながら、桂月は神降ろしを解いた・・・

 左腕の傷から何かが外へ這い出て行く、ぞわぞわした感覚。それが消えると傷口は綺麗に塞がった。 

 今回の神は治癒が得意な方だったらしい。ホッと息を吐きながら、桂月は百合達の方へと近づく。


「……良かった、顔色はそこまで悪くないですね」


 百合の顔を覗き込んで桂月はそう呟く。それから手首を取って脈を計る。こちらも問題なく動いていた。

 ならば後は身体の中に残った蔦を取り除くだけだ。

 そろそろ守護隊の御堂もこちらへ到着するはずだから、彼に頼んで病院へ運んでもらおう。


「桂月サン、ちょっとこっちへ」


 そんな事を考えていると黎明から声を掛けられた。

 桂月が顔を向けると、彼は床に出来た穴から下を覗いているようだった。

 何だろうかと思いながら、桂月は立ち上がって黎明のところへ向かう。


「どうしました、黎明?」

「この下、見てください。なかなかとんでもないですよ」


 そう言って黎明は穴の中を指さす。

 言われた通り桂月が覗き込むと、


「――――これは」


 そこには無人の屋敷にあるはずのない、稼働している・・・・・・研究施設が存在していた。

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