12 理由の断片
黒スーツの男の正体は
歳はまだ十七と、驚く事に学生だ。帽子とサングラスをかけるだけでずいぶんと印象が変わるものである。
「それであなた、あの子猫に何をしようとしていたんです?」
子猫のアヤカシをショッピングモールの迷子センターへ預けた後。
桂月と黎明はモールの従業員に事情を説明して部屋を借り、そこへ良太を引っ張って行った。
その部屋で大和守護隊が到着するまで、事情を確認しておこうとなったのである。
「…………」
テーブルを挟んで入り口側に桂月が座り、その向かい側に良太が座る。そして彼の真後ろには黎明が立って監視している。
そんな状態だから良太は青褪めたままぶるぶると震えていた。
……これでは何だか、こちらが悪い事をしているような気分になって来る。
そこまで怖い顔をしているつもりはないのだが、と思いながら、
「黙っていては分かりませんよ。これから大和守護隊も来ますし、正直に話せば、内容によっては多少弁護はしてあげますよ?」
桂月はそう問いかけた。
まぁ、あくまで「内容によっては」だ。
これが遊ぶ金欲しさだとか、子猫の命を奪おうと思ったのだとか、そういう理由ならば桂月もバッサリと切り捨てようと決めている。
そんな理由であれば一度しっかりと痛い目を見た方が良い。これから先、彼が大人になった時に、自分が他者に与えた痛みすら知らずに育てば、より大きな問題を起こしかねないからだ。
「……お金が、欲しかった、んです」
良太をじっと見ながら答えを待っていると、しばらくして彼はぽつりとそう零した。
なるほど、金銭目的。となるとアヤカシの誘拐を企んでいたという事だ。
桂月は軽く頷きながら「理由は?」と続きを促す。
「恋人が、病気で。助けるために……お金が、必要で。……必死でバイトをしても足りなくて。困っていたら、実入りの良い仕事があるって、紹介してくれた人がいたんです」
「それがアヤカシの誘拐の仕事だった、と」
「…………はい」
項垂れながら良太は頷く。もし彼が嘘を吐いていないのだとしたら、心が弱っていたところを付けこまれたのだろう。
良太の話が真実だと改定すると、彼を唆した黒幕がいるという事になる。
しかし何のためにアヤカシを誘拐しようとしたのだろうか。
都市国家大和で発生した誘拐事件の大半は、身代金目当てで犯行が行われていた。
人間ならまだしも、アヤカシ相手にそれを行うのはリスクが高い。反撃や強烈な報復をされる可能性が高いからだ。それをバイトで雇った人間に協力させるだろうか?
(それに、あの術……)
桂月達への反応から考えると、良太は犯罪行為に対しての心構えは素人のように見える。
しかし、それにしては術を
自分の気配を薄くして存在を気付きにくくする術は桂月も使えるが、一朝一夕で使えるものではない。
仕事で使うから教えてもらった、なんてノリで体得出来るのは天才だけだ。まずあり得ない。
で、あれば、良太はあの術を日常的に使っていた、という方が納得できる。
――しかし、何故?
疑問は尽きないが、まず聞かなければならないのは「誰から仕事を頼まれたか」だ。
「良太君。あなたに仕事を頼んだ者について、話をしてもらっても?」
「それは……」
桂月が尋ねるが、良太は視線を彷徨わせ口を噤んでしまった。
「……黙秘するのは自由ですが、黒幕がいると証明できなければ、あなた一人の罪になりますよ。誘拐は未遂だったとしても一番重くて懲役十年。この国ではあなたが未成年であっても、その行為が悪質であると判断されれば同様に裁かれます」
「――――っ」
淡々と話す桂月に良太は目を見開いた。
……少し脅し過ぎたが、言った事自体は嘘ではない。
未成年の犯行だからと罪状が軽くなる事は、都市国家大和でもそれなりにはある。
今回の場合は未遂だったのと、彼の「恋人を助けたかった」というあたりの事情次第では情状酌量もあるだろうから、そこまで重くはならないはずだ。
しかしあくまで
「アヤカシ相手に身代金目当ての誘拐とは、なかなかチャレンジャーでしたねぇ」
「ち、違う! 俺はただ、引き渡せば良いって言われただけで、そんな大それた事は考えていないっ! それに、ちょっと協力してもらうだけだから大丈夫だって、その人が……!」
「……協力?」
言い訳を聞いていて、最後に出た言葉で桂月と黎明はピクリと反応をした。
「協力とはおかしな言葉ですね。誘拐した子に、身代金を奪うまでの協力をしてくれと頼むのですか?」
「身代金じゃない! 少し血を分けてもらえたら、すぐに解放してくれるって! 今までだってそうだった! 皆、ちゃんと家に帰してもらっていた! だから……」
「――――」
桂月が目を見開いたと同時に、黎明が良太の肩を掴んだ。
「血? 解放? 今までだって? あんた、それを誰から頼まれた?」
「い、痛……」
「ちゃんと答えたら離してあげますよ。いいから答えてください。……下手をするとあんた、とんでもない事件に関わっているかもしれませんよ」
「黎明、落ち着いて」
想定外のところで嫌な事件と繋がっている可能性が出て来た。
これならば、ある意味でシンプルな分、金銭目的の方が幾分マシだったかもしれない。
(これは早急に守護隊達に身柄を引き渡した方が良さそうだ)
良太が本当にただのバイトだった場合、捕まった時点で切り捨てられる対象になるかもしれない。最悪のパターンは、そのまま口封じをされる事だ。
もしも彼の後ろにいる人物が、真宵邸の研究施設に関わっている者だとしたら、そうされる恐れがある。
(……いや、待てよ。ツキを真宵邸で襲った何者かも、誰にも気づかれずに中へ入っていた)
においを消していたらしく、人間なのかアヤカシなのか判別はつかない。
しかし誰にも気づかれずに中へ入る事ならどうだ?
良太のような術を使えば、もちろん相手次第ではあるが、ある程度の者達を誤魔化す事は出来る。
もし良太がその場にいたとしたら、状況も、彼の罪状は色々と変わって来る。
「良太君、あなた」
追求しよう、そう思い桂月が口を開いた時、ガチャリとドアが開いた。
反射的に桂月はそちらを振り返り、そして。
「…………!」
そこに立っていた人物の顔を見て固まった。
艶のあるさらさらした黒髪に、氷のような眼差しを持った眼鏡の男だ。
「氷月、千明……」
唖然と、零れるように口から名前が出る。
その瞬間、黎明が誰よりも早く動いて桂月を庇うように間に入った。
千明はちらりとこちらを見た後、
「相変わらずの忠犬ぶりだな」
一言そう言うと、桂月達の横を通り過ぎて良太の方へ行く。良太は真っ青な顔で千明を見上げた。
「
「あ、は、はい……。……申し訳、ありませ、ん」
良太は歯がカチカチと当たるくらいに震えながら、千明に言われるがままに頭を下げる。
――こいつが黒幕か。
は、と息を吐いて動揺を落ち着かせながら、桂月はにこりと笑みを浮かべる。
「すまなかったで済むならば守護隊は要りませんね。あなたがのこのこと来たところで、彼を連れ帰る事は出来ませんよ。よもや大和の法律をご存じない?」
「口が悪いな、
しかし、さらりとそんな事を言われてしまい、桂月は一瞬言葉に詰まった。
やはりまだ諦めていないのかと実感して背筋がゾッとする。
「ちょっと。誰があんたの伴侶ですか。くだらない妄言はやめてくださいよ、千明サン」
「妄言も何も事実だが? 雪宮の当主から桂月はそれを快諾したと聞いている」
「快諾ねぇ……。俺の知っている言葉と、ずいぶん意味が違っているようで」
「そうか。では勉強が足りないようだね、君の」
千明はそう言いながら、良太の腕を掴んで立ち上がらせる。
連れて行かれるのは良くない。そう思い桂月は制止の声を上げる。
「勝手な真似をしないでいただけますか、千明さん」
「――いいえ。勝手な真似ではありませんよ」
さすがに桂月が止めようとした時、背後からさらにもう一人の声が聞こえた。
振り向くと部屋の入口のところに守護隊の御堂の姿がある。いつも通り朗らかな表情を浮かべる彼の背後には、困惑した顔の百合が立っていた。
「守護隊の上の者から、そうするようにと指示がありました。……どうぞ、氷月千明さん。その子を引き取って、お帰りいただいて大丈夫ですよ」
「では、そうさせてもらおう」
ご苦労、とでも言わんばかりに。千明は御堂の言葉に満足げに頷くと、良太の腕から手を離して歩き出す。その後ろを良太が暗い顔でついて行く。
――状況が、理解出来ない。
桂月が眉を潜めて「どういう事です?」と御堂に聞く。けれども彼は顔色一つ変えずに「見たままです」と返して来た。
「……守護隊がこれを許可していると?」
「守護隊の上の人間がです」
桂月の言葉に肯定も否定もせず、御堂は淡々とそう言う。
この男は、こういう人物だったか?
記憶にある御堂の様子と同じだが、顔がまるで違う印象を受ける。その証拠に、百合も驚いた顔をしていた。
「あの、御堂先輩、それは」
「日向野さん。氷月さん達をモールの外までご案内して」
「え、あ」
「よろしくね?」
「は、はい……」
にこりと笑みを浮かべる御堂に、百合はひとまずといった様子で頷くと、桂月達の事を気にしながら歩き出す。
その後ろを千明と良太が続く。
「千明さん、あなた、一体何を考えているんです?」
千明が直ぐ横を通りかかった時、桂月は彼にそう問いかける。
すると彼は一度足を止めて桂月の方を向いて、
「何を考えて、か。ずいぶんと他人事だね、桂月。それもこれも全部、お前がいなくなったからだろう?」
「私が?」
「氷月のために生きるのが嫌だと、お前が逃げ出したから。だから代わりを作ろうとしているだけさ。それこそ氷月のためにね」
「――――」
桂月は目を見開く。その反応を見て少し目を細めた後、
「……ああ、まぁ、それこそお前には関係のない話だったがね」
そう言うと彼は良太を引き連れて部屋を出て行った。
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