第7話 中央町古民家集団自縊2

「久しぶりだな。1年ぶりか?」

 

「ああ」

 

 にこやかな弘前に対し新谷は目も合わせずに玄関から外に出ようとする。


「なんだ。もう行くのか?」


「最初に少し見ておきたかっただけだ。写真じゃ分からんこともあるからな」

 

「そうか。お前の意見も聞けると思って来たんだが……」

 

 そこで、弘前は新谷の後ろにいる黒岩に気付く。

 

「新谷のとこの新人か?」

 

「はい。今年の4月から中央署、刑事課に配属になった黒岩みゆきです」


「そうか。新谷は優秀だぞ。色々教わるといい」

 

 黒岩の言葉を聞き、新谷はわずかに顔をしかめた。


「いや、事実だろう?  そんなに嫌な顔するなよ」


 弘前はそう言って笑うが新谷はそれでも素っ気ない態度を崩さない。弘前は新谷の態度を気にする素振りもなく会話を続ける。


「で? 新谷。お前が見て、なにか気になる所はあったか?」


「それはお前らが今から調べるんだろう?」


「お前の意見を聞いてるんだ。新谷」


 まっすぐに新谷を見据える弘前と新谷は初めて目を合わせると、鼻でため息をついて話し始める。


「遺体は7つ。だが恐らくもう一人いたはずだ。そいつが

 今回のカギを握ってる。……とオレは思ってる」


「他殺だと?」


「分からん。状況だけ見れば自殺で間違いない……が、こんな奇妙な光景は見たことがない。色々とおかしな事が起こってるのは確かだが……まだ情報が少な過ぎる」


「そうか」


 弘前のこの返事を会話の一区切りと見たのか、弘前に帯同している刑事が話に割り込む。


「弘前さん。そろそろ」


「おお、そうだな。すまない。じゃあ新谷、また。黒岩、気を引き締めてやってくれ。新谷は仕事に関しては優秀だが、たまに抜けてる所があるからな」


「はい、分かりました。精一杯頑張ります」


 黒岩の返答に満足したのか、弘前は笑顔で答える。が、すぐさま表情を固くさせると「行くぞ」と帯同している他の刑事達を引き連れ中に入って行った。

 それを見送ると黒岩は

 

「うわ〜……本当に良い人ですね」

 

 と新谷に同意を求める。が、振り返るとすでにそこに新谷の姿はなく、さっさと先に行ってしまっていた。

 

「ちょっと! 新谷さん! 待って下さいよ!」

 

 黒岩は止まる気配すらない新谷に駆け足で並ぶと野立が言っていたことをそのまま新谷にぶつけた。

 

「なんで弘前さんのことが嫌いなんですか?」

 

 新谷はそこでようやく足を止める。

 

「野立だな。別に嫌いじゃない」

 

「野立さん……は関係ないです。見てたら誰でも分かりますよ。目も合わせなかったじゃないですか」

 

 野立さん。の後に間を作ってしまったことに一瞬「しまった」と思ったが、平静を装い黒岩は質問を続ける。

 

「別に、ウチが本部と仲が悪いなんて聞いたこともないですし。同期なんでしょ?」

 

 黒岩の問いかけに、新谷はため息をつき、どこか遠くを見つめる。そして

 

「別に嫌いなわけじゃない」

 

 ポツリとそう言った。だが、すぐに黒岩の方を向き直ると淡々と自分の意見を述べる。

 

「知ってるか黒岩。コミュニケーションの一環としてプライベートに触れることは時には必要だが……仕事に関係ないことを根掘り葉掘り聞くことはパワハラにあたるらしいぞ」

 

「そ、それは上下関係が上の人間がすると……でしょ」

 

「逆パワハラってヤツだ。それにオレと弘前の事は今回の事件になんの関係もない」

 

 黒岩は「うぐっ……」と言葉に詰まるとなにも言えずに後ずさりをする。

 

「分かったら周辺の聞き込みでもしてこい! 情報を集めるのはオレ達の仕事だぞ!」

 

「は、はい! すいません!」

 

 新谷に檄を飛ばされ黒岩はにべもなく走り出す。

 黒岩の後ろ姿を見送りながら新谷は胸ポケットからタバコを取り出す。箱から1本取り口に咥えるが、携帯灰皿を持っていないことを思い出す。

 

「ちっ……外じゃマズイか」

 

 もう何年も前に「どうせ吸えないのだから」と持つのを止めたのだった。

 20年前まではどこでも吸えたのに……と新谷はタバコをポケットに戻す。ストレスを感じるとニコチンが欲しくなる体質はいつまでも変わらないのに、世の中はどんどん変わり新谷のような人間には窮屈になった。

 コンプライアンスね。ま、それを逆手にとって黒岩をやり込めたのはヨシとするか。

 タバコを戻した手に振動が伝わってくる。

 また課長か。もう戻るってのに。

 ポケットからスマホを取り出そうとするがタバコを突っ込んだせいで、なかなか取り出せない。少し苛立ちながらスマホを取り出し着信を確認すると野立だった。余計に苛立ちながら電話に出る。


「なんだよ!? 課長にはすぐ戻るつっとけ!」


『えぇ……な、なんですか? なんか怒ってます』


「怒ってねえよ」


『いや、朝の。公民館の首吊りの遺体の身元が判明して……今ならまだ新谷さんソコ・・にいるかなって……思って』


「なんだ。集団自殺の現場の近所ってことか」


『いえ。本当にソコです。名前は星 博之ほし ひろゆき。集団自殺の現場の家主です』


 それを聞いた新谷は振り返って庭にある『hoshi』のプレートを見た。


「なるほどな。8人目か……」

 

『え? なんです? 8人目って』

 

「野立。その星博之の自殺までの動向を調べるぞ。お前もさっさとこっち来い」

 

『え? いや……ボク本部の立ち上げを手伝ってて……そっちには……』

 

 新谷は野立の返事を待たずに電話を切り今度は黒岩に電話をかける。

 一人だけ。わざわざ時間も場所もずらして死んだ、星博之。集団自殺の遺体と同じように犬のリードで間に合わせのように首を吊っている。

 彼の動向が判ればこの事件の真相に近づける気がした。

 電話に黒岩が出る。


『はい。黒岩です。なんですか?』


「あの場にいた8人目の身元が分かった……」


 スマホに向かって喋りながら、新谷は衝動に突き動かされ、足が前へ前へと駆け出していく。

 いつの間にかニコチンへの欲求は収まっていた。

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黙示録の喇叭 ナカナカカナ @nr1156

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