第6話 中央町古民家集団自縊
現場に到着した黒岩は、すでに警察車両が数台停められ、警察官たちが慌ただしく動き回っている様子を目にし、事件の重大さを改めて実感した。
事件が起こったのは、少し外れた場所にある古民家だった。
かつてはひっそりと佇んでいたであろう古民家は、リノベーションされて町の雰囲気に見事に溶け込んでいる。
近づいてみると、玄関前のアプローチには、手入れの行き届いた石畳が敷き詰められていた。その途中にある小さな柱に打ち付けられた「hoshi」と書かれたプレート。生垣は刈り込まれ、季節の花が色とりどりに咲き誇っている。
黒岩はこの庭に少し見とれ足を止めたが、先に来たであろう新谷は、きっと見向きもせずに中にヅカヅカと入って行ったのだろうな。と想像し、急いで中に入って行く。
玄関から入ってすぐ右の洋間の扉が開け放たれていた。中に入って一番最初に目に入ってきたのは7つのぶら下がった死体とそれに囲まれて立っている新谷だった。
死体たちの顔は、恐怖と絶望に歪んでいるようにも見えた。あるいは、安堵感に包まれているのかもしれない。彼らの生前の姿を想像することは難しかったが、この場所で、どのような最期を迎えたのかは容易に想像できた。死体の足元には椅子が転がっており、この椅子を土台に首を吊ったのだ。
「これ……なんかの儀式じゃないですか? もしかして、カルト宗教とか?」
黒岩の言葉に、先に現場に来ていた新谷もある程度の同意をせざるを得なかった。
「可能性はあるな……だが……」
首吊り死体達は古民家特有の剥き出しの梁に縄状にした各々の衣服を結び、首を吊っている。中にはズボンを脱いでロープの代わりにしているものもあった。
「前もって準備していたとはとても思えん」
これが宗教的儀式ならば事前にロープくらいは用意するはずだ。衣服をロープ替わりに使っているのを見ると、
「手をつけてないお茶がある」
新谷が指を差した方を見ると、腰の高さ程のレコード棚の上にトレーに乗ったティーカップがあった。ティーカップの中には確かに手付かずのままであろうお茶が入っている。黒岩はティーカップの数を目で追い数えた。
「7つ……遺体の数と一致しますね」
「流しにもう一つあった。8つだ。お茶は入ってなかったがな」
「じゃあ、わざわざ飲まないお茶を準備して、ロープないから服を使って首吊って、その様をお茶を飲みながら死ぬまで見届けてからここを去った人物がいるってことですか?」
黒岩は自分で言っておいて途中から自分がなにを言ってるのか分からなくなってしまった。だが新谷は「そういうことなのかもな……」と黒岩の意見を肯定的に捉えた。
もう一つ。この部屋で目立っているものはレコードプレーヤーと大きなスピーカーだった。だが、プレーヤーにレコードはセットされていない。わざわざこの部屋を選んだのなら音楽を聴きながら、ということもあるかもしれない。8つ目のティーカップの持ち主がしまったのだろうか。それとも……
「まだなにも分からんな」
情報が少なすぎる。今の所なにを口にしても憶測にしかならないと思った新谷は、出かかった疑問を一旦自分の中に納めた。
そこで「ん?」と違和感に気付き新谷は黒岩に質問をする。
「野立は?」
「捜査本部の立ち上げを手伝うんですって。呼ばれたのは私だけだから。って」
新谷の質問に黒岩は憮然として答える。
相変わらずしょうがないヤツだと新谷はため息をついた。まあ……気弱なアイツがここにいた所で立っていることが出来るかどうかも怪しいものだ。それより……
「お前。よく平気だな」
新谷はこの場にいない野立よりも、7つもの死体がぶら下がったこの部屋で平然としている黒岩の方に、よほど違和感を覚えた。
「なにがですか?」
「複数の首吊り死体に囲まれてよく普通にしてられるな」
「私、刑事ですよ」
「まだ刑事になって半年も経ってない新米の……」
昨今のコンプライアンス教育の賜物か。『女のくせに』という単語を新谷は飲み込む。そもそも女の方が肝が座っている場面が多いと新谷は思っている。野立などと比べたら尚更だ。昭和生まれのステレオタイプなコメントが思い浮かんでしまうことに自分でも辟易としながら強引に会話の舵をきる。
「……半年の新米が平然としてられるような現場じゃないだろう」
ベテランの自分でさえ7つも死体がぶら下がっているを見るのは初めてで、この部屋の凄惨さには顔をしかめたのだ。この部屋に入るなり自分の意見を述べた黒岩の胆力たるや、なかなかのものだと新谷は思っていた。
「ここ1ヶ月でかなり慣れましたから。首吊り。飛び降り。溺死体……首吊りは今朝も見たばかりですし」
「そうか」
周りでぶら下がっているコレに、もう慣れたか。
2年前に野立が刑事課に配属された時、新谷は先行きに不安を感じていたが、黒岩にはどこか頼もしさを感じていた。
胸元に振動を感じる。
タイミング的に課長だろう。内容も大方分かるが……無視するわけにもいかんな。新谷はため息をつくとスマホを取り出し電話に出た。
「はい。新谷です。……はい…………はい。もちろん。分かってますよ。はい。それじゃ……」
面倒くさそうに応対し電話を切る。
「ウチの課長ですね」
なにも言わずとも黒岩にも電話の相手が分かったようだ。
「ああ。一課の連中がもうすぐ到着するそうだ。それまで中には入るな……だと。取り敢えず出るぞ」
新谷は黒岩を連れて洋間を出ると、ちょうど玄関で見知った顔に出会った。一課の課長、
「よう。新谷」
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