第5話 中央町警察署
「
名前を呼ばれた刑事課強行犯係の係長である
「新谷さん……ここ最近、何かおかしいと思いませんか?」
ベテラン刑事の新谷功一は、黒岩の問いかけに静かに頷いた。
「ああ……まあ。そうだな」
「それとも、この町は元々自殺者が多かったりします?」
「そんなわけあるか。平和な町だよ、ここは……現に
「自殺の多い町が平和……ですか」
黒岩は皮肉を込めたコメントで会話を締めくくる。
この町で長く刑事をやっている新谷は、やって来たばかりの新米小娘の皮肉に多少なり腹が立っているものの、紛れもない事実に口を噤む。
新谷と黒岩が所属している管轄では、自殺者が急増している。過去5年間でこの町の自殺者数は54人だったのに対し先月から昨日の自殺者を含めて1ヶ月で7人も自殺者を出している。明らかに異常だ。遺体が発見される度に現場に赴き自殺の検証をしている新谷は正直気が滅入っていた。
今朝の公民館での首吊りに至っては、散歩の途中に犬のリードを使って自殺していた。犬を散歩させてる途中に思い立ったのか……はたまた、散歩に行く前から自殺する気だったのか……どちらにせよ、そんな話を新谷は今まで聞いた事がなかった。
おかしな点があるとすればもう一つ、遺書がないという点。
自殺者の3割程度は遺書があるものだが、ここ最近の自殺者からは遺書がまったく出てこない。あくまで統計上のものなので7人程度なら
どこかおかしい。それは新谷も感じ取っていたが。どの現場でも自殺以外に考えられない状況が揃っていた。
「あ、あのう……新谷さん」
おずおずと話しかけて来たのは同じ刑事課の
不機嫌な新谷に不機嫌な報告をせねばならず、声をかけるのを躊躇していたことを黒岩は視界の端でチラチラと確認していた。もちろん新谷もである。
新谷は返事をせず顔だけ野立の方へ向け「なんだ。言ってみろ」といった顔で野立を睨みつける。
それを見た黒岩はため息をついて野立に用件を聞く。
「なんです野立さん? また自殺ですか?」
「あ、ああ。まあ……自殺なんだけど……その」
それを聞いた新谷は舌打ちをして乱暴に前に向き直る。黒岩は新谷の方を見ずに野立に質問を続ける。
「なんです? 首吊りですか? 飛び降り? それとも電車に飛び込みました?」
「中央町で首吊りだ。ただ……」
「ただ……なんです?」
「集団自殺だ。それも……7人」
それを聞いた新谷は黒岩が驚くより早く体を起こし席を立つ。
「行くぞ! 黒岩!」
「え? 行くんですか? 現場へ?」
「当たり前だアホ! 本部から一課が来る前に現場に行かんと締め出されるぞ!」
そう言うと黒岩を待つ素振りすら見せず新谷は上着だけ取って飛び出して行った。
「えぇ……もー……勝手な人」
黒岩は愚痴をこぼしながらも慌しく準備を始める。
「まあ……しゃあないな。ここまで大事になってくると本部も動くだろうし。捜査一課が来るんじゃ新谷さんは止まらないよ。さっさと行ってこい」
新谷が部屋から去ると野立は先程までのオドオドした態度が嘘だったかのように黒岩に先輩風を吹かす。
「なんです? まさかドラマみたいに所轄と県警本部の仲が悪いなんて言わないですよね」
「まさか」と野立は肩をすくめる。
「
「その人がめっちゃ嫌な人だとか?」
「とんでもない! めーーーーーーーー……っちゃ良い人だよ! 新谷さんと、どちらを上司に選ぶ? って聞かれたらオレは間違いなく
一課の課長……弘前さんていうのか。
どうせ気弱な野立の『良い人』とは人当たりが良いくらいの話なのだろう。と思った黒岩は野立との会話の情報から名前だけを取り出しておくことにした。
「よし。じゃあ行きましょうか」
準備を終えた黒岩がショルダーバッグを肩にかけ野立に向き直る。
「いや。オレは捜査本部の立ち上げを手伝うから」
「でも新谷さんが……」
「新谷さんは「行くぞ黒岩」って言ってたろ? オレはお呼びじゃないよ」
小賢しく立ち回る野立に向けて「もー!」と抗議の一声をあげると黒岩は急いで新谷の元へ向かった。
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