第4話 早朝の事件3

「河村」

 

 声をかけて来たのは藤本達樹だった。


「なんだ。えらく時間がかかったな」


 すでに昼休みになっており、午前中は藤本の姿を見かけることはなかった。まさか本当に疑われてたのかコイツ。と河村は思った。


「いやー……色々聞かれた後に警察署まで連れて行かれちまって……」


 藤本は朝、嬉々として教室を出て行った時とは様子が違っていた。教室に入って何人かに声をかけられていたが全て手を合わせながらすまなさそうに断って河村が座っている席まで来ていたし、どこか元気がなさそうだった。


「なんだ? 取り調べがキツかったか?」


「そうそう。刑事さん、カツ丼下さい……って容疑者かよ!」


 河村のしょうもない問いかけに、藤本はいつもの調子に戻ってノリツッコミで返した。


 河村と藤本の仲が良くなったのはつい最近のことだ。実は1年から3年になるまで、ずっと同じクラスだったのだがあまり接点がなかった。仲が悪かったわけでもないのだが深い話はしたことがない。そんな間柄だ。

 だが夏前のインターハイ予選で藤本率いるサッカー部はまさかの初戦敗退を喫した。以降、周りの人間より比較的に暇になった藤本はなんとなく・・・・・帰宅部だった河村とつるんでいる。


「ほら。死体見つけた時は警察じゃなくて湯川に知らせたからさ、オレ。職員室に行ったらアイツしかいなかったんだよな」


「湯川?」


「歴史の……ほら……『あゆかわ』だよ。相変わらず人に興味がないな、お前は……」


「ああ……『あゆかわ』か」


 湯川優ゆかわまさる。歴史の教師で生徒達から『あゆかわ』と呼ばれている。

 喋る前に必ずと言っていいほど「あー……」を付けて話す為、「湯川」の前に「あ」を付けて『あゆかわ』。一度授業中に何回「あー……」を言うか数えた生徒がいたが、その時は64回「あー……」と言ったらしい。警察に事情を話すときも、やはりそうだったのだろうか。


「んで、第一発見者だから見つけた時の状況とか様子とか聞かれてさ。後はオレが見た首吊りの死体と警察が回収した死体が一致してるかどうかの確認ってことで警察署に行って来たんだわ」


 そこまで喋ると藤本は口元に手を当てて何かをこらえるようにして言葉を吐き出す。


「近くで見るとマジでキツかったよ。普通じゃねえよ、あんなの……舌は口の中に戻らなくなってるし。首伸びてるし。朝見た時はもっとこう穏やかな感じに見えたんだけどな……なんだろ。一言で言って『壮絶』って感じ」


「ふーん」と河村は相槌をうつ。どこからの情報だかは、とんと思い出せないが……首吊りの死体と水死体は見ない方がいいと聞いた事があったからだ。


「棺桶覗いた時の爺ちゃんとは全然違うの。いやぁ……安らかだったんだなぁ爺ちゃん……よかったよ」 


「一緒にすんなよ」


 手を合わせ、天を仰ぐ藤本に河村が突っ込む。

藤本は夏前に父方の祖父が亡くなったばかりだった。享年84歳。子供や孫達に見守られながらの大往生と一人孤独に木にぶら下がって終えた人生を比べるべくもない。


「畳の上で亡くなった人と世の中恨みつつ死んでいった自殺者を比べるなよ」


「ん? 爺ちゃんは病院で死んだから、ベッドの上だったぞ」


「そういう意味じゃないんだよ」


「じゃあどういう意味だよ。っていうか、なんで自殺した人が世の中恨んでたって分かるんだよ」


 河村は椅子にもたれて「うーん……」と仰け反る。頭の位置を元に戻すと自分の意見を述べ始めた。


「よく分からんけど、普通自殺なんて目に付かない所でやるもんじゃないか? それをあんな……人通りが多い所でわざわざ首くくるなんて世の中になにか言いたいことがあったんだろう」


 自分の苦しみを周囲の人々に伝えたい。社会に対して何かを訴えたいという気持ちがあったのかもしれない 。

 なにかに追い詰められ絶望し、惨めで凄惨な死を見せつけることに意味を見出そうとしたのでは。と河村は思っていた。


「そうかぁ?」と藤本は返す。


「死ぬって行為は最期の最後にとる手段じゃんか。後なんてないんだからさ。人目につくとかつかないとか、そんなこと考えてる余裕ないだろ」


  藤本の言う通り。計画性はなく、衝動的に行動してしまう状態にあったのかもしれない。死のうと思い立った場所がちょうどあの場所だったというだけということもあるだろう。

 なるほど。と河村は納得しそうになった。しかし、いやいや。と首を振る。


「普通、衝動的なのに首吊るロープなんて用意しないだろ。計画的すぎる」


「言ってなかったか?散歩の途中で犬のリード使って死んだんだぜ。わざわざロープ用意してたわけじゃねえよ」


「犬の散歩中に死んだのかよ!」


 それを聞いて河村は「うーん」と唸る。


「ま。死んだらもう分からん。言っとくけど、みんな自殺の件は午前中のうちに飽きてるから、もう興味ないと思うぞ」


 河村はスポーツ馬鹿の藤本に推理合戦で負けた気がして、話を打ち切った。

「あっそ」と藤本は返す。目立ちたがりの藤本は警察での経緯も皆に話したがるかと思っていたが、そうではないらしい。警察に行き痛々しい遺体を見たことで、なにか考えが変わったのだろう。その証拠に……

 

「あ! 河村。お前、5周年の記念20連ガチャ引いたか!? オレ超激レア3体も出たぞ!」

 

 と、楽しい話題に早々に切り替えるのだった。

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