第3話 早朝の事件2
「最初は、鳥の巣かと思ったんだ」
興奮気味に語るのはサッカー部の部員である
「朝練で学校の外周走ってたら、朝から木に登ってる変なやつがいるなぁと思ったんだよ……いや、そん時は足しか見えなかったからさ。でも「あれ? おかしいな?」って思ったんだよ。足は木の何処にも掛かってなくて、こう……」
藤本は手を前に出すとゆっくりと左右に動かす。
「ぶらーん……てさ。これは、もしかすると! って思って木の側まで駆け寄ったら、案の定だ。初めて見たよ……」
藤本は自分の首を締める仕草をしながら
「首吊り死体」
目を白目にさせて、そう言った。
河村が朝学校に来ると、学校の隣にある公民館での首吊り事件の話で持ち切りだった。
第一発見者はこの不謹慎な男、藤本だ。皆、この話に興味津々で藤本から話を聞こうと人集りが出来ていた。
不謹慎だ。と感じている河村も興味津々で……そんな自分をやはり不謹慎だと感じていた。ので、責めるようなことはせず自分の中にあった純粋な疑問を藤本にぶつけてみた。
「部活引退してんのに、なんで朝練で外周なんて走ってたんだ?」
夏が終わり、高校3年生は皆部活は引退して進学や就職活動に勤しむ。藤本も例外ではないはずだ。
「お前、そんな質問して何が楽しいんだよ。いいだろ別に。体動かしてないと落ち着かないんだよ」
河村は高校からは帰宅部だった為、体を動かしてないと……という藤本の理屈が分からない。まあ、早朝のランニングみたいなモノか。と納得し、これ以上の深掘りを避けた。
「でさ。その首吊り死体の顔なんだけどさ……」
藤本にとって余程くだらない質問だったのだろう。気を取り直してさっさと聴衆の側に向き直り、先程の話の続きを始める。
「もうぐちゃぐちゃだよ……顔が歪んで、舌なんか考えられないくらい伸びて垂れ下がって……首も……」
思い出して気が滅入ったのだろう。先程までの勢いがなくなり言葉を止めると、藤本は身震いを一つ入れた。
「あ……だ、ダメだ。思い出さなきゃよかった……おえ……」
藤本は校内でも目立つ生徒の一人だ。ウチのサッカー部は県下では、その名を轟かせており藤本はそのサッカー部で1年からレギュラーでエースだったからだ。卒業後はJ2だかJ3だがのサッカーチームから声がかかっているらしい。
元々注目を浴びている藤本だったが、今回の自殺騒動は今までに味わったこともないほどの注目を浴びたようで朝から何度も何度も同じ事を嬉々として話している。もちろん「思い出さなきゃよかった」のくだりも、同じように身震いと嗚咽がセットで付いてきていた。
「おいお前ら。そろそろ席に着け! ホームルーム始めるぞ」
いつの間にか入って来ていた担任の佐藤の大声に促され、藤本の周りに出来ていた人集りが散り散りになった。中には他のクラスから来ていた生徒もいたらしく、机の角に太ももをぶつけながら急いで教室を後にした者もいた。
「まったく。人が死んだってのに……」
不謹慎だぞ。と言いたいのだろう。しかし、普段起きない
「ホームルームを始める。が……藤本。お前は校長室だ。警察の方が話を聞きたいらしい」
「え? な、なんでです? もしかしてオレ……疑われちゃってる?」
藤本のおどけた対応にドッと教室が湧く。
「そんなわけないだろう。とにかくさっさと行け」
藤本は「ヘヘヘ」と笑うと嬉しそうに教室を後にした。
まったくもって不謹慎だ。
と思う河村は他の生徒達と一緒に笑いながら藤本を見送るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます