呪いの武器を装備しないと出られない部屋に閉じ込められたんだが? ~なんか隣りの部屋にも同じ状況の冒険者がいたっぽいのでパーティーを組んだら大バズリした件~

黒井カラス

第1話 呪いの武器

「あーあ、どうすんだこれ」


 落下の瞬間、咄嗟に掴んだのは撮影ドローンだった。

 ありがちな落下式のダンジョントラップ。

 地面が開いた瞬間、宙に浮かぶ撮影ドローンを掴まなければ真っ逆さまだった。

 とはいえ、小型ドローンに人一人、それも装備一式を着込んだ重量を支えるだけの馬力があるはずもなく。

 今もゆっくりと落下の真っ最中だ。


『カガリ落ちた』

『消えたぞ、カガリ』

『え、死んだ?』

「生きてる生きてる。勝手に殺すな」


 撮影ドローンが読み上げるリスナーのコメントに返事をしつつ足下に目を移す。

 真っ暗闇の奈落だけど、撮影ドローンのライトのお陰で、うっすらと底の輪郭が見えて来た。見た限りだと竹槍や酸の海はない。ただ平坦な地面がそこにある。

 着地と同時に新しいトラップが発動しないだろうな、と恐る恐る爪先を付けた。

 平気みたいだ。ほっと胸を撫で下ろして撮影ドローンから手を離した。


「まーったくよお。誰だ? こんな初歩的なトラップに引っかかりやがったのは」

『お前だ、お前』

『そいつね、カガリって名前なんすよ』

『死んだかと思ったよね』

『どうすんの、これ』

「どーするもこーするも……」


 見上げた先、先ほどまでいた位置は遙か頭上で、たった今ばたりと閉じられた。

 周囲がよりいっそ暗くなり、撮影ドローンのライトが眩しくなる。


「格好悪いけど、救助を呼ぶか。配信を追っかけ再生すれば道順もわかるだろうし」

『そのための配信』

『配信しててよかったな』

『下手したらここでお陀仏』

「まったくな。えーっと、救難信号救難信号……」


 ふと、目の端に移ったものに気を取られる。


「こんなところに抜け道?」


 一旦手を止めてそちらに向かう。

 トラップの底に道がある。

 なんのために?


「もしかして隠し通路か!?」

『おお!』

『マジ!? お宝が眠ってるってこと!?』

『行け行け行け!』

「言われなくてもそうするつもりだっての!」


 撮影ドローンのライトを頼りに、トラップの底にあった用途不明の道、恐らくは隠し通路を駆ける。

 怪我の功名だ。

 このダンジョンにはまだまだ発見されてない財宝が眠ってる。

 運良く見付ければ一攫千金も夢じゃない。

 期待を胸に進むと見えてくる一つの扉、鍵は掛かって折らず簡単に開きそうだ。


「よし、行くぞ」


 この先になにがあるのか、もはや確かめずに終わることはあり得ない。

 勢いよく扉を開いて、隠し通路の先へと踏み込んだ。


『うおおおおおおおおお!』

『おお?』

『あれ?』


 扉の先は随分と狭い空間だった。

 せいぜい四畳半程度。

 殺風景で、唯一あるのが中央の台座。

 その上では一本の剣が浮かんでいた。


『随分とまぁ豪華ですこと』

『この期待外れ感』

『待て待て、まだ決めつけるのは早い。値打ち物かも』

「いや、そうでもないな。こりゃ」

『そうでもないとは?』

「これ呪いの武器だわ」

『ファーーーー』

『トラップに嵌まった挙げ句にこれは流石に笑う』

『呪いの武器って?』

『装備した瞬間、一生外せなくなるんだわ、これ』

『しかも使うと大抵、致命的なデメリットが生じる』

『更に言えばこれ装備すると他の武器を弾きやがるからな』

『草』

「笑い事じゃないんだが?」


 期待感が大きかった分落差もデカい。


「はぁ、だる。帰ろ帰ろ、さっさと救難信号を――」


 そこで、ここに来て、俺はようやく気がつく。


「は?」


 今入って来た扉が消えていることに。


「おいおいおい。ここにあったよな? 扉」

『扉ないなった』

『閉じ込められたってコト?』

『セッしないと出られない部屋じゃん』

『セッしないと出られない部屋に一人で入ったの? この間抜け』

「しばき倒すぞテメェ」


 冗談を言っている場合じゃない。


「嘘だろ。トラップの先にまたトラップって」

『二重底トラップ』

『救難信号は?』

「さっきやった。けど、問題は……」

『なんかあんの?』

「ただ扉が消えただけならいいんだが、下手したらこの部屋ごとどっかに転移してる可能性もある。その場合、救助もこの部屋に踏み込めない、かも」


 まだあの隠し通路の扉があって、あちら側から開けてもらうことで、この部屋にも扉が出現する、ということも考えられる。

 けど、そうじゃなかったらかなり不味い。


「とりあえず救助を待つか……」


 それから一時間ほどが経った頃。


「――マジか」

『なになに?』

『お、進展あった?』

「悪い予感があたった。隠し通路のほうに扉がなかったらしい。色々試したらしいが、お手上げだってよ。発信器で位置の特定も無理だとさ」


 なんでも四方八方あり得ない位置から発信器の情報が複数飛んでいるのだとか。

 多分、この部屋に掛かったトラップのせい。


『やばいじゃん』

『じゃあ一生ここで暮らすってことじゃん』

『でも言うて扉が消えただけでしょ? ぶち破ろうぜ』

『扉がなければぶち壊せばいいじゃない』

「それしかないか」


 現状の装備で一番強力なもの。

 大枚はたいて買った炎の魔剣が一本。

 雑魚の魔物なら一瞬で灰に出来る火力があるこれに賭けるしかない。


「頼むぞ」


 腕を地面と平行に伸ばし、剣の先で扉があった壁を差す。

 魔剣に秘められた魔力を開放し、刃を道筋に吹き出た火炎が勢いよく壁と衝突する。

 これが見た目通りの石煉瓦を積み重ねただけの壁なら消し飛ばせる威力。

 だが。


「ダメ、か……」


 掻き消えた炎が残したのは壁に塗りつけた黒い煤のみ。

 これでは何時間やっても貫けない。


『え、ホントに出られない?』

『嘘だろ? なんか方法あるだろ』

『もっと火力があればぶち抜けるかも知れないだろ!』

「火力……」


 自然の目が向かったのは、この部屋の中心に浮かぶ一本の剣。


「もうこれしかないか」

『呪いの武器か!?』

『でもそれ装備したら』

『いや、でも他に手段ないだろ』

『ここで餓死するよりはマシか……』

『そもそも呪いの武器でぶち抜けるんか?』

「これがダメなら終わりだ。やるだけやってみるぜ、俺は」


 台座の上に浮かぶ呪いの武器に手を伸ばし、その柄を掴む。

 瞬間、呪いの武器、その剣は、すべてが炎となってうねり、渦を巻き、宿るように、寄生するように、俺の内側へと吸い込まれていく。

 それは一瞬の出来事で、気がつけば呪いの武器はこの部屋のどこにもない。

 いや、ある。

 俺の内側に、あの剣が。

 そう自覚した瞬間、手に持ったままだった魔剣が弾かれる。

 手の内に残る衝撃が、自分自身が呪いの武器の主になったことを知らせていた。


烈日れつじつ


 それがこの剣の名前。


『やれんのか? おい、やれんのか?』

『やってみせろよ。まだお前の配信を見てたいんだ』


 扱い方は、呼吸の仕方のように、知っていた。

 身に宿した炎を手の平から放出し、刃となして握り締める。

 その形状は台座の上で浮かんでいた時とは違い、日本刀の形を取っていた。


『やっちまえ!』


 揺らめく炎光の軌跡を描いて振り下ろした一刀から放つ火炎の奔流。

 その威力は煤を塗った壁を一息に溶かし崩し、閉鎖された空間に出口を形成する。


『なんだこの火力!?』

『やべー威力出てて草』

『これ半分固定砲台だろ』

『人が出していい出力を越えてるわ』


 無事に脱出口を拓くことができた、けど。


「たった一振りで……この様か」


 呪いの武器には必ずデメリットが伴う。力を振るった代償であるかのように。

 俺の身にもたらされたのは体温上昇。滝のように汗が流れ、茹だるような思いがする。

 炎天下の焼けたアスファルトの上に寝転がっているみたいだ。

 二度目を振れば意識を失う確信がある。


「あーあ、こりゃ引退だな」

『マジかー』

『そんなにデメリットキツいのか』

『まぁ、見えてわかるくらい汗掻いてるし顔真っ赤だしな』

『今回が最終回ってコト?』

『うーん、しようがないとはいえ残念』

「これからどーすっかなぁ」


 冷え固まった石煉瓦を踏みつけ、開けた大穴を潜って部屋の外へ。

 分厚い壁をぶち抜いたようでトンネル状の道を通り、先に見えている通路に向けて足を進める。


「冒険者以外の職か。想像つかないな」

『そもそもなんで冒険者になったの? カガリって』

「男なら憧れるだろ? 剣と魔法のファンタジー。ほんの半世紀前まで夢物語だったんだ。それが俺らの時代じゃ当たり前に存在してる。と、くれば目指さない理由はないだろ。それに」

『それに?』

「こうしてお前らと話してる時間も悪くなかったからな」

『カガリ』

『急にしんみりさせるじゃん』

『なぁ、マジで引退しかないんか? どうにかならんのか』

「どーもこーも、こればっかりはな」


 トンネルを進み切り、久しぶりに出た通路は冒険者人生の終わりを感じさせられた。

 見知った通路だ、ここからなら無事にダンジョンから脱出できる。

 脱出したら、そこで終わり。

 もう撮影ドローンを連れて配信することもない。


「はぁ」

「はぁ」


 ふとため息が誰かと重なった。

 目でそちらを追うと、そこには凍て付いた大穴を後ろに同い年くらいの女の冒険者が立っている。

 彼女の顔はとても青ざめていて、白い息を吐き、小柄な体はがたがたと震え、その右手には一振りの剣が握られていた。


「それ」

「それ」


 互いに互いの武器を指差す。


「呪いの?」

「呪いの?」


 重なる言葉に寸分の狂いもなく。

 自然とこぼれた笑い声すらも同時だった。

 詳しくは知る由もないけど、きっと俺と似たような状況に陥ったんだろう。それがこうして同じ時と場所に揃っている。

 これだけの偶然が重なると、もう笑うしかない。


「蒼崎カガリだ。災難だったな」

「紅丘トウカ。まったく」


 未だに熱の残る手を差し出し、同じ災難に遭ったであろう同士と握手を交わす。

 そのひんやりと冷たい手を握った、その瞬間のこと。

 体の内側に篭もった熱が、急速に冷えていく。


「な、なんだ?」


 汗がぴたりと止まり、紅潮していた顔も正常に戻る。


「え、えぇ?」


 相手のほうも体の震えが止まり、顔色には血色が戻っていた。


「これって……」

「あぁ……」


 目と目が合う。


「俺たちが手を組めばデメリットを相殺できるかも知れない」


 どうやら引退するにはまだ早いみたいだ。



――――――――――


 

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