第5話 真空波
『一瞬ひやっとしたけど上手くいったな』
『やるじゃん』
『無事でよかった』
『でも浄瑠璃落ちてないね』
魔物は死体になると消滅し、跡形も残らない。
肉体の一部が残ることがあるがそれも稀。
唯一浄瑠璃だけが確実に残るが、今回は空振りだ。
「ま、それはわかってたけどな。浄瑠璃持ちは目が瑠璃色に光るから」
「ある程度戦ったら瑠璃目以外はスルーで!」
サーチアンドデストロイ。見掛けた魔物すべてに斬り掛かっていると確実に体力が続かない。
これは普通の冒険者であってもそうで俺たちなら尚更。
連携を深めるための戦闘は配信の前半だけにして、後半に狙うのは瑠璃目の魔物だけがいい。
「よし、休憩終わり。次を探そう」
「オッケー! やるぞやるぞやるぞー!」
空っぽの氷像を躱し、煤の上を歩いて通路の先へ。
どこか遠くから微かに聞こえてくる魔物か冒険者の叫び声を耳にしながら、時折休憩を挟みつつ、魔物との戦闘を重ねて行く。
最初はぎこちなかった連携も数をこなせば堂には入るもの。
まだ完璧とは言いがたいが、最初よりは随分とよくなった。
慣れると視野が広がって、相手の動きを把握しやすくなるのが大きい。
しかし、こう戦闘を重ねて気になるのはやはり。
「ダメだ。悪い、ちょっと脱ぐわ」
「へ?」
周囲に魔物の気配がないことを確認し、上半身に来た衣類をすべて脱ぐ。
「ちょ、ちょっとぉ!」
慌てて後ろを向くトウカには悪いが、もう我慢の限界だった。
「びっくりしたぁ。なんでいきなり!?」
「汗でさ、もうぐっしょりなんだよ」
脱いだ衣類は雨にでも打たれたみたいに濡れている。
トウカのお陰で汗は直ぐに引くが、まったく掻かないわけじゃない。
戦闘が重なればそれだけ大量の汗を掻くし、結果こうなる。
絞れば滝のように汗が流れた。
『お、サービスショットか?』
『●REC』
『野郎の上裸みてもなぁ』
『当たり前ですけれど鍛えられてますわね』
『いい筋肉してますわ』
『その腹筋の上でティーパーティーといたしましょう』
『お嬢様湧いてんぞ』
『需要はどこにでもあるもんだ』
リスナーの悪ふざけを軽く無視しつつ、手早くタオルで汗を拭いて、念のために持ってきていた替えの戦闘服に袖を通す。すっきり。
「着替え終わり。もう大丈夫だ」
「まったくもー。着替えるなら着替えるって言ってよね」
「悪い悪い。今度からそうする」
絞った衣類を腰巻きの雑嚢鞄に押し込み、ミネラルウォーターと粉石鹸で手を洗う。
「しかし、参ったな。こりゃ戦闘服を新調しないと。汗がすぐ蒸発するやつ」
「たしかに。あたしも体温が逃げないように厚手の戦闘服にしよっかなぁ。臨時収入も入ったし」
そう言うトウカは嬉しそうだった。
『臨時収入?』
『俺たちの投げ銭だろ』
「そうでーす。有効活用しまーす」
『俺たちの投げ銭がトウカちゃんの服になるぞ!』
『やったぜ』
『カガリちゃんと渡してたんだな』
「そりゃな」
『えらいぞー』
『金のことちゃんと出来るのは当たり前のことだけど重要だぞ』
『いったい何組のパーティーが金銭問題で解散したことか……』
「やけに実感のこもったコメントだな」
俺もよく耳にする話だ。
明日は我が身と思って、金関係のことはきっちりかっちりしとかないと。
「浄瑠璃はどのくらい集まった?」
「えっとねぇ」
互いの雑嚢鞄から出てきた浄瑠璃は大きさがバラバラだ。
「中くらいのが四つと小っちゃいのが五つ。ちょーっと足りないかな」
「それじゃ今から瑠璃目狙いで行くか。余計な戦闘はなしで」
「オッケー!」
魔法陣の作成に必要な浄瑠璃の量は種類によってまちまちで、俺たちが目指している第一深層に必要な魔法陣はそこまで量が必要なものでもない。
だが、二人分となるとまだ心許ない量ではる。
足りなくても別に困りはしないが、どうせなら割引の最大値で作成を依頼したい。
もうすこし頑張ろう。もし余っても買い取ってくれるしな。
「瑠璃目は……いない。次だ」
「今度は……ありゃいない」
魔物を見掛けては瞳の色を確認し、そそくさとその場を離れる。
これを数回繰り返したが、ぱたりと瑠璃目と遭遇しなくなってしまった。
「だー! もう! どうして出て来なくなっちゃうの!」
『物欲センサービンビン』
『あるある』
「そんなに珍しいもんでもないんだけどな」
こればっかりはどうしようもないから根気よく行くしかないが。
「と、いうか」
「ん?」
「魔物自体が少なくなってないか?」
「言われて見ればぁ……たしかに?」
明らかに遭遇頻度が下がっている。
魔物が少ないエリアに入った訳でもないはず。
「見ろ。戦闘の痕がある。修復の最中だ」
ダンジョンには修復機能が備わっていて、壊れてもいつかは元通りになる。
俺たちが転送トラップ部屋から脱出するために開けた穴も、今頃は綺麗に塞がっているはずだ。
「おー、派手に暴れてんねぇ。これなんて修復途中なのに傷がこんなに深い」
「どっかのパーティーが魔物と派手に戦ったみたいだな。魔物が少ないのはそのせいか?」
「戦ってたら祭りだ祭りだーって寄ってくるのが魔物なのに。そのパーティーが相手してる魔物、相当強いみたいだね」
「戦闘好きを畏怖させるくらいの強敵か。まぁ、この仮説があってるならの話だが」
他にも色々と考えられる。
「事の真偽はさておくとして、場所を変えるか。ここにいても瑠璃目は見付からなさそうだ」
「だね」
『助けに行かないの? 強敵なんでしょ?』
「助けを求められたらな。じゃなきゃハイエナだ」
『あー、なるほど』
『なお、ハイエナはライオンに獲物を横取りされることが多い模様』
魔物は基本、倒しても何も残らない。が、俺たちのように瑠璃目の魔物が目当てかも知れないし、ごく稀に肉体の一部が残ることもある。
助太刀の名目で勝手に加勢するのは、浄瑠璃やドロップした肉体の一部の所有権を巡って揉める可能性がある。
現場にいて明らかに助けが必要な場面を除いて、助太刀はあまり推奨されていない。
「じゃあどの辺りにいく?」
「そうだな――」
最初にダンジョンの壁を貫通したのは、幾つかの見えない何かだった。
それは対面の壁を深く傷つけて掻き消え、その正体がなんだったのかと思考を巡らせる暇もなく、今度は脆くなった壁を突き破って瓦礫と共に人が飛び出してくる。
地面を転がったのは冒険者。
しかもその人はすこし前に見た顔、国選冒険者の相楽だった。
「だァ……くそ、しくじった」
彼は腹部に深手を負っていて、出血の量も多い。
「よ、よう。また会ったな……悪いけど、取ってくれるか? 魔法陣」
「俺のをやる」
自分の雑嚢鞄から治療用の魔法陣を取り出す。
四角形の紙に描かれたそれを傷口に当てると、描かれた魔法陣が相楽に移る。
そうすることで効果を発揮し、止めどなく流れていた血液が停止した。
「魔法陣があってよかったな。一昔前なら傷口を焼くか凍らせてた」
「はっ……最高だね」
耐えがたい痛みに襲われているはずだけど、強がる元気があるなら大丈夫そうだな。
「なにがあった?」
「見りゃわかる」
ダンジョンの壁に空いた大穴を指差した相楽に釣られて視線をそちらに向ける。
一番に目に飛び込んで来たのは瑠璃色の残光を引く二つの瞳だった。
リザードマン。瑠璃目をしたそれと相対しているのはリーダー格の男。その他にいた冒険者は皆、戦闘不能になって地面に転がっている。
「冗談だろ? リザードマン相手にか?」
「ただのリザードマンじゃねぇよ。あいつは持ってやがるんだ」
「なにを」
「お前らと同じもんを、だよ」
呪いの武器を装備している魔物。
そうと聞いた直後のこと、リザードマンが振るった剣から見えない何かが飛ぶ。
リーダー格の男はそれを自前の剣で防いだように見えたが、全身の至るところに切り傷が走り、鮮血が舞う。
真空波、それとも鎌鼬か? とにかく、あれは間違いなく呪いの武器だ。
「なぁ、虫の良い話だけどよ。仲間を、月島を助けてやっちゃもらえねぇか。あいつは俺たちのリーダーなんだ」
訴えかけるように、相楽は俺の戦闘服を掴む。
「頼む」
その力は今にも解けそうなくらい、弱々しいものだった。
「――安心しろ。助けてやる」
「ホントか?」
「あぁ、リスナーが見てる。格好つけとかないとな」
「はっ、ははっ! じゃあ任せたぜ、カガリ」
そう言い残して、ついに痛みに耐えかねたのか、相楽は意識を手放した。
「という訳だ。付き合ってもらえるか?」
「もちろん。リスナーが見てるもんね?」
そんな見透かしたようなことを言って、トウカは同意してくれた。
「相手はリザードマン! 呪いの武器は一本、こっちは二本だ!」
「らっくしょうでしょう!」
地面を蹴って跳びだし、壁の大穴を越えて瑠璃目のリザードマンへと肉薄した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます