第6話 瑠璃目
数多の負傷を抱えながらも果敢に剣を振るう月島という国選冒険者。
しかし、その奮闘も空しく彼目掛けて呪いの武器が振り下ろされようとしていた。
そこへ割って入る形で火炎と冷気が吹く。
リザードマンはトドメを刺すのを瞬時に諦め、大きく距離を取った。
「キミ……たちは……」
「助っ人ってやつだ。あいつの相手は俺たちに任せろ」
「そういう……わけには」
「聞こえなかったのか? 足手纏いだって言ってんだよ」
こちらもパーティーを組んだばかりで連携にまだ不安が残る。たとえ月島が全快の状態だったとしても、俺たちにとっては連携を妨げる異物以外の何者でもない。
「あんたの役目は倒れた仲間を回収することだ。巻き添え食っても知らないからな」
「……わかった。後は頼む」
苦虫を噛みつぶしたような顔をして、月島は仲間の元に掛けていく。
一人で残りの四人を抱えて逃げることは難しい。
俺たちがやるべきは月島たちが逃げられるだけの時間稼ぎではなく、目の前にいるこのリザードマンを倒すこと。しかも周囲を巻き添えにするような規模の攻撃は使えないと来てる。
でも、やらなくちゃな。
それ以外に、この場にいる全員を助けることは出来ない。
「呪いの武器一つでリザードマンがエリートをあしらっちゃうようになるとはねぇ」
「どんなに強くなろうとデメリットは平等だ。あいつも何か深刻なもんを抱えてるはず、なんだが」
相対するリザードマンからは目立ってなにかデメリットらしい現象は、起こっていないように見える。国選冒険者パーティーを壊滅に追いやったにしては、平然とし過ぎている。あの呪いの武器のデメリットはなんだ?
と、思考を巡らせているうちに、後退していたリザードマンが吠える。
「様子見は終わりってか」
「来るよ!」
振り下ろされた一撃が虚空を断ち、発生する衝撃波。鋭い切れ味を持ったそれは地面を引き裂きながらこちらへと迫る。咄嗟に地面を蹴って回避行動に移った瞬間、しまったと自戒した。
連携不足が如実に表れ、トウカと別方向に跳んでしまった。
お陰で真空波は俺たちの間を通り抜けたが、トウカとの距離が空く。
初っぱなからやらかしてしまったが、けどこれでわかったこともある。
間近で呪いの武器の能力を目にしたことではっきりした。
あの鈍いの武器のデメリットは自傷だ。
先の一撃で額から勢いよく鮮血が吹き出した。だが、その傷跡は瞬く間に塞がって掻き消える。
リザードマンの再生能力。
呪いの武器のデメリットが魔物の特性によって相殺されていた。
「そういうカラクリかよ」
「ねぇ! あれずるくない!?」
俺たちのように同質で正反対の相方を持たない自己完結。
人間と魔物との埋められない生物としての差を実感する中、リザードマンが再び剣を振るう。対象はトウカ。全身に複数箇所の自傷を負いながら、真空波が乱れ舞う。
回避できないようバラけさせてきた。
「トウカ!」
「大丈夫!」
不可視の真空波に斬り刻まれるその前に、冷気が地面に打ち付けられ、トウカの前方に氷壁が立つ。それに遮られてリザードマンの攻撃は深い太刀傷を刻むだけに終わった。
その様子を見届けたのは、俺が掛けだした後。
リザードマンの意識がトウカに割かれている今この瞬間を縫って肉薄を試みる。
だが、その前にリザードマンの追撃がトウカに向けられた。
その一撃が振るわれた瞬間、今までにないほどの自傷が起こり、大量の血飛沫が舞う。
理屈は同じはずだ。体温上昇が深刻になるほど、火炎の威力は増す。
なら、自傷が大きければ?
「――躱せ、トウカ!」
叫び声が届き、トウカは回避行動を取る。
瞬間、氷壁に到達した真空波がそれを真っ二つに断ち、その先のダンジョンの壁すらも貫通する。
「あっぶなぁ!」
トウカの声で生存を確認。その頃にはすでにリザードマンの懐に踏み込んでいた。
火炎が渦を巻いて刀となり、火の軌跡を描いた一撃を見舞う。このまま倒せればよかったが、寸前の所で躱されてしまった。
距離が開けば真空波を食らう。
すかさず踏み込んで詰め直し、距離は取らせない。
そのまま純粋な斬り合いに持ち込み、剣撃の応酬を繰り広げる。
呪いの武器とだけあって、通常の武器のように焼き切れたりはしない。リザードマン自身も強個体だ。こちらの動きに合わせて的確に得物を振るっている。
「じれったいな」
打ち合いが長引くほど、火炎を吐いて終いにしたい衝動に駆られてしまう。
だが、それで決め切れなかったら? 体温が上がりきった状態では繰り出された反撃に為す術もない。
近くにトウカがいれば話は違ったが、なによりも初手のミスが響いている。
「しようがないか、たらればを考えても!」
無駄な思考を削ぎ落とし、目の前のリザードマンに集中。
太刀筋を見極め、描くべき軌道を見抜き、繰り出される剣撃の隙を付いて放った一撃がリザードマンの右腕を断つ。呪いの武器を手放させた。
だが。
「なっ!?」
宙を舞った右腕を、リザードマンは左手で掴み取り、そのまま振り下ろす。
予想外の一撃に、体が反応したのは日頃の鍛錬のお陰だ。
落ちる刃を受け止める形で、互いの得物が衝突する。その刹那、呪いの武器同士が干渉し合ったのかリザードマンの得物の情報が頭に流れ込んできた。
それに一瞬戸惑ったのが徒になり、至近距離で真空波の発生を食らう。
咄嗟に火炎で身を守ったが、真空波の全ては燃やし尽くせず、被弾。
弾き飛ばされるように後退を余儀なくされた。
「不味いな」
トウカは氷壁を張って体温がギリギリのはず。俺も刀の具現化と防御で余裕はそんなにない。だが、リザードマンに深手を負わせた、患部が焼けてるから再生も上手くできないはず。
ここは焦って倒しにいくより、まず合流が先か。
畳みかけるようにリザードマンから鮮血が散り、不可視の真空波が飛ぶ。
「厄介だな、見えないってのは!」
柄杓で水を撒くように、火炎を振りまいて真空波を焼却。
いよいよ体温上昇が生命活動を脅かし始めたが、ここから更にもう一踏ん張り。
地面を蹴ると同時に靴裏で炎を弾けさせ、爆風に乗って大ジャンプ。
一息にトウカの元へと到着する。
「カガリくん!」
着地と同時に膝が崩れて倒れ掛けたところをトウカに支えてもらい事なきを得た。
体が密着したことでデメリットが相殺され体温が平熱に近づいていく。
「無茶し過ぎ!」
俺を抱き締めながら氷壁を新たに競り上げて真空波を防いでくれている。
その分のデメリットで俺の体温も平熱に戻った。
「でも、片腕は持ってっただろ?」
「あー、それだけど」
トウカの微妙な反応に首を傾げたが、すぐにその理由がわかった。
焼き切ったはずの右腕が再生し初めている。
「――そうか、切り落としたのか」
「不正解。いま軽めの衝撃波を連打してるっしょ? その自傷を焼けた患部に当ててんの。こっちを牽制しつつ火傷を除去して再生中」
「野郎。蜥蜴のくせに知恵が回るな」
腕を落とせば一瞬で再生だけど、僅かでも隙が生まれる。
こっちの方法なら隙はまず生まれない。
それだけの思考力があるのか、生まれ持っての本能がそうさせているのか。
「さーてと、どうしよっか?」
「正直、最大出力をぶっぱすれば話はそれで終わるんだが――」
「カガリ!」
その声の主は月島だった。
「仲間は回収した!」
それは自体の終息を告げる言葉だった。
「トウカ!」
「オッケー!」
数多の真空波を受けた氷壁が崩れ、リザードマンの再生が終わる。
断たれた右腕が復活すると共に、こちらの準備も整った。
互いの腰に手を当て、手の平をリザードマンへと翳す。
こちらの意図を、脅威を、感じ取ったんだろう。復活したばかりの右手に握られた呪いの武器が振り上げられた。
この場にある三振りの呪いの武器が、時を同じくして能力を発揮する。
全身から夥しい量の出血を伴い、放たれる特大の真空波。対するこちらも最大火力の火炎と冷気で迎え撃つ。
勝敗はすでに見えていた。
こちらは二振り、あちらは一振り。
威力で、火力で、出力で、こちらが押し巻ける道理はない。
焼き尽くし、凍て付かせ、やがて真空波は勢いを削ぎ落とされて霧散する。
いくら再生能力を持っていても、特大のデメリットは直ぐに相殺し切れない。
火炎と冷気から逃れる術はなく、リザードマンはそのすべてを飲み込まれた。
リザードマンの敗因は、隣りにトウカがいなかったことだ。
「終わったか」
手の平を下ろすと、半身が焼失し、半身が氷漬けとなったリザードマンの亡骸が現れる。
その手に持っていた呪いの武器は、煤も霜もない状態でその足下に転がっていた。
『やったぜ!』
『倒した!』
『いやしかし異常な強さだったな、呪いの武器を持ってたとはいえ』
『リザードマンとは思えない動きしてたな』
『呪いの武器のせいか? それとも瑠璃目だったから?』
「おっと、そうだ。忘れてた。浄瑠璃は」
「あ! 落ちてるの発見! わぁ! おっきい! 見て見て! あたしこんなの見たことない!」
「うわ、マジか。凄いな。スイカくらいあるぞ」
指先でつついて温度の確認をしてから持ち上げる。
ずっしりとしていて重さはかなりのもの。
『デカすんぎ』
『こんなん見たことないわ』
『これでボーリングできそう』
『でけぇな。いやホントでけぇな!』
この大きさは中々お目にかかれない。
とはいえ。
「俺たちとそっちで仲良く半分こだ、それでいいか?」
仲間たちの様子を心配そうに眺める月島に言葉を投げる。
「いや。それは僕たちには必要ない。キミたちのものにしてくれ。それさえ回収させてくれればね」
月島が指差した先にあるのは呪いの武器。
たしかにここに放置しては置けない。
誤って他の冒険者が装備する可能性もあるし、またリザードマンが拾う可能性だってある。呪いの武器をすでに装備している俺たちに、二振り目なんて無価値も良いところだ。
「わかった。それでいいよな?」
「うん。あたしたちには必要ないもん。これ以上呪いは勘弁」
「よかった。これで仕事を全うできる」
そう言えば国選冒険者が動いていた理由はこれだったのか。
呪いの武器を装備したリザードマンの討伐。
そんな危険な案件なら国選冒険者が動くのも納得だ。
「太刀風ってんだ、それ」
「太刀風……なぜ名前を?」
「鍔迫り合いになった時に情報が流れ込んで来た。共鳴でもしたんだろうぜ、呪いの武器同士」
「なるほど……」
「じゃあ、そういうことで」
お言葉に甘えて、ありがたく浄瑠璃はいただいて行こう。
「これだけあればタダでやってくれるかもな。魔法陣」
「いいねぇ、タダ! あたしの大好きな言葉!」
うきうきで回収した浄瑠璃を撮影ドローンに括り付ける。
ドローンの積載量は五十キロまで。俺一人を支えるには不十分だけど、これくらいなら余裕なはずだ。
にしても、海に浮かべるブイみたいになったな。
「さて、じゃあ後は救助隊がくるまで待ちか」
この辺りの魔物が減っているとはいえ零ではないし、その元凶が消えた今、戻ってくる個体も多いだろう。月島一人で戦闘不能の四人を守り切るのは無理がある。
「……すまない。僕はキミたちにあんな態度を取ったのに」
「気にするな。あんたは正しいことを言ってたよ。ま、俺たちがそれに従ってたら、今頃あんたらお陀仏だったけどな」
「正しいことがいつも最善とは限らないってこと!」
「敵わないな、キミ達には」
そうして話しているうちに救助隊が到着する。
必要な応急処置が施され、負傷者が担架で運ばれていく。
護衛も付いていることだし、これで一安心だ。
『一件落着』
『浄瑠璃も手に入ったし万々歳だな』
『じゃあ次の配信は深層突入ってこと?』
「んー、魔法陣の発注から納品まで時間がかかるから、それまでに一回表層の配信を挟むかな。挟まない場合もある」
「よーわからん、ってやつ。するのが決まったら告知するからよろー」
負傷者の運び出しも終わったみたいだし、今日の配信はここまでかな。
いつもはダンジョンを出るところまでやっててちゃんと生還したことをリスナーに伝えているけど、今回は人も多いしここで切っても、俺たちの身を案じる杞憂民は湧かないだろう。
「じゃ、今日はここまで。チャンネル登録と高評価をよろしくな」
「ばいばーい!」
配信を切り、俺たちも救助隊に合流した。
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