第7話 法陣師
「報告書を読ませてもらった。呪いの武器の回収にリザードマンの討伐と結果だけを見れば良い成果だ。結果だけを見ればな。月島」
「申し開きもありません」
萩野を初めとした三人は重傷、相楽に至っては死にかけた。
こんな醜態を晒し、尚且つ一般冒険者に助けられ、その様が配信に乗った。
この上ない失態だ。
「自身の力不足を痛感するばかりです」
あの時、カガリたちが駆けつけていなかったら、恐らくこの僕も生きてダンジョンを出られなかっただろう。
「……まぁ、相手が相手だ。リザードマンとはいえ呪いの武器とはな」
改めて確認するように、
「再生能力によるデメリットの帳消し。呪いの武器を装備したことによって生存率が上がり、通常よりも強く育ったと思われる推定歴戦の個体か。こんな魔物は初めてみる」
「谷塚さんが現役の時代でもですか?」
「あぁ。もう随分と昔のことだ」
昔を懐かしむように、谷塚さんは一瞬遠い目をした。
「リザードマン。そうリザードマンだ。高々その程度の魔物如きに、国選冒険者のパーティーが全滅に追いやられた。この事実は無視できない」
「はい」
「今後、呪いの武器を装備した魔物が現れる可能性がある。なにか手を打たないとな。いっそのこと、こっちも装備してみるか? 呪いの武器を」
「それは……」
「冗談だ。お前を助けたっていう二人組みたいな特例でもなきゃ無理だろうよ。そいつらにしたって俺の目から見りゃかなりの無茶をしてるがな。引退しないのが不思議なくらいだ」
「えぇ……そうですね」
あの瑠璃目のリザードマンとの戦いを見て、改めて思った。
僕の考えは変わらない。
あれは無茶な戦い方だ。
常に自滅と隣り合わせ、パートナーと分断されれば極端に行動を制限される。
冒険者ならダンジョンに足を踏み入れた瞬間から死を覚悟するものだけど、魔物に剣を向ける度に死線を潜っていたら、いずれどこかで潰れてしまう。
けど。
「無茶でもきっと、彼らは止まらないでしょう。正しいことだけが最善ではありませんから」
「ふん、お前がそこまで言うとは。随分と買ってるみたいだな」
「仲間を助けられましたから」
彼らにはいつかちゃんと恩を返そう。
それまで無事でいてくれるといいが。
§
ダンジョンのほど近くには大きな居酒屋が建っている。
仕事帰り、魔物と命のやり取りをして疲弊した冒険者が屯し、酒を酌み交わす憩いの場。
この居酒屋で飲む酒が一番生の実感を得られるのだとか。
まだ酒の飲める歳じゃない俺にはわからない感覚だけど。
「よう、カガリ。こっち来いよ」
居酒屋に入ると、見知った先輩冒険者に手招きされた。
「じゃあ、お邪魔します」
ちょうど用事があったことだし、そっちに向かう。
「聞いたぜぇ。エリート様の鼻を明かしやったんだってな」
「俺も聞いたぞ、リザードマン如きに全滅しかかってたってな」
「いつも偉そうにしてるからだ、まったくよ」
「その口ぶりだと配信のアーカイブ見てなさそうですね」
「あ? おうよ」
「なら、見といてください。再生数の足しになるんで」
「あぁ、見る見る。エリート様の失態を目に焼き付けとかないとな。がはは!」
「はぁ……」
これはよくない。よくない持ち上げられ方をしている。
元々、国選冒険者は印象が悪い。
僻みや嫉みと言った下からの感情もそうだけど、国選冒険者も態度の悪い奴が悪目立ちすることが多い。お陰で両者の対立が昔から続いている。
今の状況が行き過ぎると反エリートの神輿に担がれるかも知れない。
そいつは御免だ。
「ところで」
ここはとりあえず無理矢理にでも話題を逸らすか。
ダンジョン帰りでもないのにわざわざこの酒場に足を運んだ理由でもあるし。
「いい絵描きを知りません? 近々深層に行くことになって」
「絵描き? あー、そうだな。最近、評判がいいのは
「お、円条か。あそこはいいぞー、先代が引退して今は孫娘の子がやってんだけどよ、それがもうメリハリの利いたナイスバディで」
「そういう話をしに来たんじゃないんですけど?」
「いやいやいや、この酔っ払いの言うことも本当だが、魔法陣の出来もピカイチだ。俺が言うんだ間違いねぇって」
「ホントに?」
一機に胡散臭くなってきたが、まぁ評判がいいなら訪ねてみるのもいいか。
「まぁ、いいや。おやっさん、この二人に一杯ずつ」
「はいよ」
「お、いいねぇ。タダ酒ほど美味いもんはねぇ。もっと話してやろうか?」
「もう結構です。ほら、注ぎますんでグラスを」
「野郎に注がれてもなぁ」
とかなんとか言いつつ、テーブルにあった飲みかけのビール瓶を俺が持つと、先輩たちは素直にグラスを差し出した。
俺が成人したらこの人たちと飲む約束をしてるんだが、その日が不安になってきたな。
酒癖がとんでもなく悪かったりしたらと思うと憂鬱だ。
「かっかっか! 後輩に注がせる酒は美味ぇなぁ!」
「よし! いっちょ踊るか!」
「いいな! 華麗な舞いを見せてやるぜ!」
こういうのを見てると余計に。
§
「ふぁあ」
大あくびをして吐き出した息が、車の走行風に吹き飛ばされていく。
目尻に滲んだ涙を歩きながら拭い、躓かないように歩道に視線が落ちる。
自分の隣りには、一回り小さい両足があった。
「おやー? あたしと居るのってそんなに退屈?」
「ちげーよ。昨日、世話になった先輩に遅くまで付き合わされたんだ。酒の臭いが服に染みるかと思った」
「冒険者の先輩? へぇー、仲良いんだ」
「それなりに良好ってところ。トウカにもいるだろ?」
「うん。あたしの先輩はお酒飲まないし、話も短いからすっごく楽」
「羨ましい限りだこと」
悪い人じゃないんだが、誰かと取り替えてほしいと思うことも頻繁にある。
「で、その先輩に教えてもらったんだ。
「あぁ、この辺じゃ一番腕がいいんだとさ」
あんな人だけど、情報はたしかなはずだ。
「でもぉ平日昼間のデート先が魔法陣設計所ってどうなの?」
「デートじゃないからどうもしないが?」
なんてことを言っているうちに目的地に到着する。
そこには古き良き時代の日本家屋が建っていて格式高い雰囲気に満ちていた。
たしか先代が引退してその孫娘が後を継いだって話だったが、それも頷ける古めかしさがある。
インターホンのデザインも、外観を邪魔しないものになっていた。
「はいはーい」
どたどたと大きな足音がして玄関の引き戸ががらりと開く。
現れたのは頬に瑠璃色の塗料を付けた甚平姿の女性、この人がたぶん。
「あなたが蒼崎さんで、あなたが紅丘さんね。はじめまして
たしかに体の輪郭にメリハリが利いていて。
「カガリくーん。なんか目付きがいやらしいぞー?」
「ソンナコトナイヨ」
「まーったく、男の子なんだからぁ」
「先輩に妙なこと吹き込まれなきゃ意識しなかったよ、俺だって」
「んん? まぁ、とにかく上がってよ。例のブツは届いてるからさ」
ほんとにー? とでも言いたそうな顔のトウカから逃れるように玄関の敷居を跨ぐ。
靴を脱いでスリッパに履き替え、廊下を渡った先の部屋に通される。
障子と畳と掛け軸。いかにもな和室の中心には漆塗りの机が一つ。その上にダンボール箱が置かれていた。
予め俺が送って置いたものだ。
「ではでは、ご開帳ー。わぁ! すっごいおっきいねぇ! こんなの滅多にお目にかかれないよ。純度も高くて素晴らしい! これ一つでいったい何枚魔法陣を描けるだろう? いやー、凄いなぁ」
手に持って、持ち上げて、翳してみて、とにかく巨大浄瑠璃を眺め倒す円条さん。
その姿は純粋で、子供じみて移る。
「で! これをうちに!?」
「えぇ、それで幾らか割引してもらえれば」
「もちろん! 割引と言わずタダでいいですよ! なにが必要で?」
「そいつはこの紙に」
浄瑠璃をダンボール箱に戻して受け取った紙をふんふん唸りながら円条さんは目を通す。それから少し間を置いて。
「了解! 大体全部描くのに五日くらい掛かるのでまたその時に取りに来てください」
「わかりました。あー、あと一つ、折り入って相談が」
「はい? 相談です?」
一度、トウカと目を合わせ、それから円条さんに事の経緯を話した。
呪いの武器のこと、そのデメリットのことを。
「――この体温変化は深刻です。だから、少しでも軽減できないかな、と。魔法陣で」
魔法陣は様々な効果を発揮できる。
人間が本来なら生きて活動することなど出来ない環境に適応できたりもする。
なら、俺たちのデメリットである体温変化にも適応できるんじゃないか?
トウカと話あってその結論にいたり、相談してみたんだけど。
「なるほど……話を聞いた限りだと、その呪いの武器のデメリットはかなり強烈そうですね。魔法陣ならその体温変化をある程度抑えることは出来るでしょうけど……んん、恐らく長持ちはしないかと」
「具体的にはどのくらい持ちます?」
「んー……今考えているのは体温変化を肩代わりする魔法陣で、許容量は――これは試して見ないことにはわかりませんが、大きいのを一発! くらいでしょうかね。それ以上だとオーバーヒート、オーバークールして魔法陣が崩壊します」
「デカいの一発分か。ありがたいな」
「だね。これでこの前みたいに分断されても多少はマシになるかも」
これでデメリット問題が解決するとは当然思っていなかった。
それで解決するならとっくの昔に呪いの武器のデメリットは克服できている。
多少でもデメリットに抗えればそれでいい。
円条さんはそんな俺たちの無茶を叶えてくれた。
「よろしくお願いします」
「はい、任されました。後日、ほかの魔法陣と一緒にお送りしますね」
円条さんに見送られてこの場を後にする。
「よーし。じゃあこのままショッピングデートに行こー!」
「ただ戦闘服の新調にいくだけな」
トウカのテキトーな冗談を軽く流して向かうのは、冒険者御用達のダンジョン専門店だ。
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