第8話 深層一界

 隠蔽効果のある仮設テント、緊急アラーム付き寝袋、消音消臭機能完備の仮設トイレ、戦闘服一式、携帯食料、治癒の魔法陣などなど。

 このダンジョン専門店には冒険者の必需品が取り揃えられている。


「見て見て! じゃーん! どう? 似合ってる?」


 試着室のカーテンががらりと開き、真新しい装いとなったトウカが登場する。

 体温低下のデメリットを少しでも緩和するため、生地は厚手で保温効果も高い寒冷地仕様の戦闘服だ。


「いい感じだ。でも、その襟のもこもこしたのは邪魔じゃないか?」

「んー、そうかも。でも、デザインかわいいしなー」

「性能第一」

「わかってるってば。でも、出来る範囲でデザインにはこだわりたいじゃん? 配信するんだし!」

「まぁ気持ちはわかるが」

「んー! どうしよ! こっち? それともあっち? あー、これはちょっと太って見えちゃうなー」


 トウカの目移りはまだまだ終わらなそうだ。

 悩んでいる間に自分の戦闘服を見に行こうかとも思ったけど、ここに一人放っておくのもトウカに悪い気がする。しようがないから決まるまで大人しく待つか。

 なにを焦っているでもないしな。


「これなんかはどうだ?」

「お! いいじゃん! これもキープ!」


 そうしてトウカは悩みに悩み、気付けば一時間ほどが経っていた。

 この頃になると候補もかなり絞り込まれ、残り二着となる。

 ファッションのことはよく知らないが、びしっとした印象の黒い戦闘服と、ふわっとした印象の白い戦闘服で悩んでるみたいだ。


「んー、どっちにしよう? どっちも買う余裕はないし」


 個人的には汚れが目立たない黒い戦闘服のほうがいいと思うが。


「んー……だぁあああああ! ダメだ、選べない! ねぇカガリくん!」


 ずいと二着の戦闘服が突き出される。


「どっちがいいと思う!?」

「俺が選ぶのか?」

「そう! お願い! もう自分じゃ決めらんない!」

「じゃあ」


 黒いほうの戦闘服を指差そうとしたところ、トウカの眉がぴくりと動いたのが見えた。

 たぶん、本人は無意識だったんだろうけど、それで正解が見えた気がする。

 指差す方向に軌道修正を加えて白いほうの戦闘服へ。


「こっち」

「わぁ! やっぱり! やっぱりそっちだよね! やったー! あたしこっちにする!」


 黒いほうを戻したトウカは白いほうを抱き締めて飛び跳ねている。

 随分と時間が掛かったけど、これでようやくトウカの新しい戦闘服が決まった。

 あとは俺の戦闘服だ。


「じゃあ今度はあたしが選んであげるね。あ! こんなのどう? カガリくんに似合うと思うんだけど」

「じゃあそれで」

「はやっ!?」


 掛かった時間は一分未満だった。


「あ、もしかしてあたし選ぶの遅すぎたから?」

「本当にそれでいいと思っただけだ。トウカが選んだ奴なら間違いないだろうしな」

「ふ、ふーん。そっか」

「それにあれかこれかってずっと迷ってるトウカは見てて退屈しなかったぜ」

「も、もぉ!」


 トウカをからかうのもそこそこにして会計へ。

 次の配信は新調した戦闘服のお披露目と、発注した魔法陣が届くのが早ければ深層突入ってところか。


「楽しみぃー!」


§


『お』

『はじまた』

『なんか人多くね?』

『おい、なんか同接一万行きそうなんだが!』

「なにぃ!?」


 配信を初めてすぐ同時接続数を確認する。

 8763人。この前の配信の十倍以上になっていた。


「おいおいおい、どうしたどうした」

『そういや切り抜き動画がバズってたな』

『あぁ、あのリザードマンの奴』

「なんだそれ? トウカ知ってるか?」

「んにゃ、あたしはなにも」

『あれ無許可かよ!』

『無断切り抜きで草』

『ガイドラインどうなってんの?』

「ガイドラインも何も今まで切り抜き作る奴なんて居なかったしなぁ」

『ガバガバ』

『出たもんはしようがないからちゃんとガイドライン作っとけ』

『無断切り抜き野郎はどうすんの?』

「んー……まぁ、その辺のことは後で考えとく。それより、だ。俺たちを見てなんか言うことあんだろ? お前ら」

「そーそー。ほらほら、よく見て」

『トウカちゃんが可愛い』

「それはそうだけどぉ」

『カガリ、お前白髪が』

「ねーよ。真っ黒だわ。違うだろ、お前ら!」

『戦闘服が新しくなってる』

「そう! それだ!」


 ようやく正解が出た。


「どーお? 似合ってるでしょ? あたしのお気に入り! え? なになに? まわ? まわー?」

『回って-!』

「はーい! 回っちゃいまーす!」

『カガリは回らなくていいぞ』

「わかってるよ」


 その場でくるりとゆっくり一回転して見せたトウカにリスナーは大盛り上がり。

 アイドルのライブに来た気分だ。ここダンジョンのはずだけど。


「楽しいぃ! 一回やってみたかったの!」

「よかったな」

「うん!」


 同接はすでに一万人間近となっていた。


「さて、それじゃあ、ここが何処かわかるか? リスナー」

「ヒントは前回の最後の辺り!」

『前回の最後ってことは』

『もしかして深層の入り口か!?』

『行くの深層!』

『ワンクッション挟むと思ってた』

「俺もそうしようかと思ったけど、発注してた魔法陣が意外と早く届いてな」


 深層の環境に適応するための魔法陣と共に、相談していた例のモノも入っていた。

 まだ試作品らしく、色々と制限があるようだが、なにもないよりかは遙かにマシだ。


「さて」


 ここはダンジョンの表層と深層を繋ぐ入り口の一つ。

 そのすべてが構造物として存在している表層に対して、深層はありのままの自然で形作られている。地面は平らではなく、天井の高さも一定じゃない。浮かぶ燭台の変わりに天井に走る鉱脈が太陽の如き光を放つ、らしい。

 どれもこれも先輩から聞いた情報だけど信憑性はある。

 ついに俺も聞く側から実際に体験する側になるってわけだ。


「準備は万端」

「魔法陣ばっちり!」

「それじゃ、行くぞ!」

「おおー!」

『うおおおおおおお!』

『深層だ!』


 深層へと繋がる表層最後の通路に足を踏み入れる。

 そのすぐあと。


「あ、そうだ。ちょっと耳貸して?」

「ん?」


 そう言ってトウカは撮影ドローンが音声を拾わない程度の小声で俺に耳打ちする。


「カガリくんの戦闘服も似合ってて格好いいよ」


 もしかしてリスナーの反応がトウカ中心だったのを気にして?

 べつに俺はなんとも思っていなかったが、その気遣いが嬉しいと思った。


「ありがとな」

「どういたしまして」


 歩みを進めるたびに通路の整った壁が岩肌に侵食され、ごつごつとした歪さに変わっていく。足下は入り込んだ砂でざらつき、次第に石ころを爪先で蹴飛ばすようになる。

 そのうち構造物の通路だったそれは完全に洞窟と化し、深層があともう目と鼻の先であることを物語っていた。


「あ! 見えて来た!」


 洞窟の先で仄かに現れる蒼白い光。

 それに誘われるように足を進めると、ついに俺たちは深層に足を踏み入れる。


「ここが……深層の一界」

「わぁ……」


 蒼白い光を放つ結晶の群生地。

 一目見た深層の印象はそれだった。

 地面から壁から天井から所狭しと生える結晶の柱。

 それから放たれる蒼白い光で辺りは明るく、それがまた幻想的な演出を担っている。

 先輩から聞いていた話とかなり違うが、そう言えばこうも行っていたっけ。

 深層一界だけは前情報なしで見た方がいい。

 たしかにそれも頷ける景色だった。


「お、早速魔法陣が」

「こんなに綺麗なのに人が生きられない環境なんだねぇ、やっぱり」


 戦闘服の内に仕込んだ魔法陣が瑠璃色の光を放って起動する。

 円条さん手製の鉱毒排除の魔法陣はたしかに効果を発揮していた。


『深層ってこんなとこなんだ』

『綺麗だけど生身で行ったら死ぬところって結構あるよな、地上にも』

『ここはその比じゃないけどな』

『ところで今日はここでなにすんの?』

「あぁ、それは話してなかったな」


 今日の目標の発表だ。


「この深層一界には聖なる泉ってのがあるんだ」

『聖なる泉?』

『観光スポット?』

「なんでも怪我や病気がすぐに治る不思議な泉だってさ」

『ラスダンの回復ポイントじゃん』

「まずは深層がどんなもんか確かめながらそこを目指すんだ。怪我したら治せるし、深層一発目の目標としては良い感じだろ?」

『まずはならしからか』

『本格的に解呪の方法を探すのはその後ってわけか』

『いきなり無茶するのも危険だしな』

『案外、聖なる泉で解呪できたりしてな』

「だと良いけどな。まぁ、期待しないで行ってみるさ」


 聖なる泉という響きだけ見れば、それは呪いに対しても効果があるように思える。

 けど、深層一界は準備さえしっかりしていれば、誰でもとは言わないが、ある一定以上の実力を持った冒険者なら無理なく来られるところだ。

 もちろん、歴代の呪いの武器を装備した冒険者も聖なる泉に目をつけたはず。

 それでも今だに解呪に成功した者がいないのは、そういうことなんだろう。

 まぁ、でも、俺たちの場合に限り聖なる泉の効能が呪いの武器に作用するかも知れない。


「いざ行かん、聖なる泉へ。って感じ?」

「大冒険が始まりそうだな」


 望み薄だとはわかっていても、微かな可能性を胸に秘めて、俺たちは行動を開始する。

 初めての深層だ。いつも以上に気合いを入れて警戒を怠らないようにしよう。

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